第12話
いつも通り過ぎるほどに起床し、支度をする。
出社しエレベーターを待つと綺麗な顔をした上司とかちあう。
「おはようございます…」
「ああ、おはよう」
目も合わせないのかよ…清水部長は真っ直ぐ前を見据えてシワひとつないスーツで姿勢良く立つ。相変わらず美形だな…しかしその顔は隙ひとつない、鬼上司の清水部長だ、と再認識し、ため息をつく。
明らかにため息をつく俺に、部長は目もくれずに到着したエレベーターに乗り込む。
朝の、特にこの出勤時間帯のエレベーターは続々と人が乗り込んでくる。
後から来る人の波に俺はぐいぐいとエレベーターの隅に押しやられる。
「す、…すみません…っ」
「いや…仕方ないからな…」
ビーっと定員オーバーのブザーが鳴るとようやく扉が閉まった。にしても、だ。
エレベーターの先頭に立っていた俺と部長は当然エレベーターの一番奥に追いやられ、満員状態では当然密着する形になる。
なぜ俺は部長と半ば向かい合う形で密着してるんだ!!所謂壁ドンのような形になってしまった。
てか昨日からの今日でこの体勢かよ、と自分のついてなさを呪う。
「…っ、!」
「す、すみませ…っ」
なんだか左足の置き所が落ち着かなくて、変に体重が右に寄っている気がして少しだけ足を動かすと、びくりと部長が体を震わせた。部長とはほとんど体格が変わらないのだが…俺の方がややガタイがいいのと、身長が多分、少しだけ高い。
息がかかりそうだ、と思って俺の息かかったら失礼だ、臭くないか….?!と焦りだす俺に、あろうことか…部長はチラリと上目遣い。
「…っ、い、いや…すまない…っ」
「…………」
まずい…上目遣いに加えて少し顔を赤らめるだなんて。可愛すぎませんか、と。
昨日あれだけイライラして、もしかしたら嫌われたかも、と思ったのに俺はどんだけ現金な男なんだ。
本能に忠実な俺の息子が首をもたげそうで朝から死にたいほどつらい。
なんで経理部は20階なんだ、いつもは感じないけれど長く感じて仕方ない。
身をよじろうとすると逆効果で、清水部長の額に少し汗が滲むのと、はぁっ、とため息をつくのさえ官能的で、くらくらする。
「…お、おい…朝比奈…っ」
「すみません本当にすみません、でもこれは仕方ないんです…」
「…チッ」
俺の怪しい下半身にようやく清水部長も気づいたのだろう。やや驚いた顔をして俺をみて、舌打ちをする清水部長は首筋がすこし赤みを帯びていた。
ごくり…俺は生唾を飲み込む。やばい、やばい、おさまってくれ、と思った瞬間。
圧迫感がなくなり、扉が開いた。
清水部長は、俺をおしのけ、急いでエレベーターから降りた俺に耳元でこう囁いた。
「残念だが朝からは抜いてやれないから、今度楽しみにしてろよ」
ニヤリと口の端を上げて妖艶に微笑む部長をみて、俺は彼の背中を見ながら呟いた。
「………上等ですよ…っ」
早めに出社して、よかった、と言っていいのかなんなのか。しかし俺は情けなくもトイレに駆け込み、自分自身を治め、戻った清水部長に意味ありげな視線を送られ、なんともカッコつかなかったのだった。覚えてろよ鬼上司………
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