第10話

店内のざわつきをBGMに、なんとなしに時間は過ぎてゆく。


「でも本当に珍しいね、飲みの席なんて。すごい嫌がるのに。さては朝比奈ちゃん、やらかして雅己ちゃんにお詫びでもーってことなんでしょ」


ほんのり顔が赤くなった上原部長がジョッキ片手に俺を指差す。清水部長はやれやれといったような感じで流している。でも部長のこんなリラックスモード、というか、オフモードな感じ、見たことない。まあ、仕事以外では絡みがないから見たことないのは当たり前なんですけど。


「いや…やらかし、というのは半分当たりで半分外れというか…はは」

苦笑いで頭をかきながら、チラリ、気まずいので清水部長をみる。

「…」

ふいっ、と視線をそらしてグイッと烏龍茶を飲んだ。あれ、俺無視された?

その瞳の鋭さに、近付いたかに見えた距離が光速で離れた気がした。いや、本来であれば本当に近づくはずもないのだ。一回だけ寝ただけで近づく距離もあったもんじゃない。

近づいた、なーんてことはなかったように思える。

しかもあんな抱き方…して…

じわじわと罪悪感が募る。でも、清水部長は俺とこうやって飲みにつきあってくれたし、嫌われては、いないはず。気になることも聞きたいし…しかし、上原部長がいるこの場ではなんとも言い出せない。上原部長も悪い人ではないから…まあ、俺たちの事情も知るはずがないし。

悶々としていると突然清水部長が席を立った。


「そろそろいいだろ。出るぞ。上原、お前飲み過ぎだ、送る」


え。固まる俺、と目の前のイケメン部長。


「へ? 雅己ちゃん? え、ちょっと朝比奈ちゃんはいいの?」


俺は驚いて言葉も出なかった。上原部長も狼狽えている。

清水部長は俺を一瞬見やると、切れ長の目を上原部長に向け、彼の肩を支えて会計の札とともに席を離れようとした。


「ちょ、ちょっと、清水部長、あの…っ」

「心配せずとも、ここは俺が払う。タクシー代はこれだ。じゃあまた明日会社でな」

「ちょ、待ってくださ」


取りつく島もない、とはこのことか。

戸惑う上原部長の肩を抱きながら2人はタクシーに乗って帰ってしまった。感情もなく「賃走」とランプが変わったタクシーを、ぼんやりと見送ってその場から少し動けなかった。



「いや、俺がなにしたんだよ!」

やっぱあの鬼上司、訳がわからない。頭を冷やそうと、俺は自販機でブラックコーヒーを買い、ぐいっと飲みつつとぼとぼと帰路についた。

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