⑨竜の首隕石……落ちる

 四つの宝珠を体に埋め込まれた『色即のリグレット』の体が光りを放ち、首から下が女性でも男性でも無いヒューマノイド体に変貌する。

 感情の無いネジ頭瞳の、リグレットはミソラの前にひざまづく。

 ミソラが言った。

「それでいい、おまえは破滅の四凶巨人を作り出せ」

 ミソラが見上げた空から、炎に包まれた竜の首が落ちてくるのが見えた。

「予定通りだ……滅亡の宴がはじまる」


 春髷市の一部の者たちは、すでに竜の首隕石の落下を察知していて。魔王城地下のシェルターに避難していた。

 

 竜の首が春髷市の中央に落下する……強い衝撃波と激震が春髷市を襲う。


 落下数分前に、閃光王女狐狸姫のイベント会場前で待機列に並んでいた、暁のビネガロンの心優しい巨漢パイロット『山吹』は、衝撃波に吹き飛ばされて即死した。


 路上ライブをしていた『水浅木音恩ねおん』は倒壊した建物の下敷きになって、集中治療室に搬送された。


 高速道路を走行中に、傾いた陸橋から地上に転落した、しゃべるオートバイ『疾風の黄砂』は大破した。


 喫茶店のマスター、改造人間の『おやっさん』は。決壊した堤防からの濁流に呑み込まれ、安否不明になっていた。


『カッパーロボ』たちは、横転した資源物回収トラックの下敷きになって……潰れていた。


 亜区野組織ロボット軍団機械友『スカルオカンW2』は、隕石の激突時に発生した高熱エネルギーの渦に巻き込まれ、表面が溶けた姿で建物壁に寄りかかり、沈黙していた。

 

 用心棒怪獣の『黒井キング』と、放電怪獣の『白銀しろがねクイーン』は、手を取り合って倒れて……燃えて焼死していた。


 戦闘空間発生マシンのロボット『恒河沙GOガシャ』は、神社の石段から下まで転げ落ちて、火花を散らして壊れていた。


 小型怪獣の蛾のような『ハネラー』ちゃんは、片方の羽が千切れて地面で、もがき苦しんでいたところを『百々目一色』に助けられて介抱されていた。


 春髷市のあちらこちらで火災が発生して、サイレンが鳴り響く。

 二次災害で崩壊する建物が続出する。

 隕石落下の大惨事に見舞われる春髷市──だがこれは、ほんの序曲に過ぎなかった。



 魔王城地下の総合司令室では、分割で映像表示がされている巨大モニターに、続々と市の被害状況が映し出され。

 司令室全体にオペレーターの声で、被害の報告が次々と、飛び込んできた。


「ラグナ六区商店街とビル街、壊滅状態です──死傷者多数……緊急時作業巨大二足歩行ロボット出動しました、飲料水と生活電源は緊急ロボットで確保できそうです」


「河川の堤防決壊、随所に発生! スライム怪獣が水土嚢どのうとなって被害の拡大を防いでいます」


「土砂崩れが発生して道路を土砂が遮断! 土木作業四脚飛行ロボットが、土砂撤去に向かっています」


「常冬山岳地域で、雪崩発生! 巨人が岩で雪崩のルートを変えて、スキー村への雪崩被害は回避!」


「常夏海岸に津波接近! バリヤー怪獣数匹が到達する津波に対して、海岸線にバリヤー障壁を発生させました」


「真緒さま、無事を確認……良かった」

 魔王真緒の無事が報告されると、総合司令室に安堵の声が溢れる。

 執事バトラーの『荒船・ガーネット』と、メイド長の『瑠璃子』は、分割モニターに映し出されるリアルタイムの現状を厳しい表情で凝視している。


 そこに、二頭身の大正時代の女学生。ラグナ六区学園の学園長、妖怪とりかえババアの『フランボワーズ』が、頭のリボンを揺らしながらやって来た。

「ひっひっひっ、儂は永遠の十七歳よ。大変なコトが起こってしまったのぅ……怪僧『アカマタ』は、今どこにおる?」

「インターネット回線の保全を小鬼たちに任せて、現場の被害状況を直視報告するために、被害が激しかった地域に向かっています」

 荒船がそう言った時。モニターの画面いっぱいに、赤いヘビ怪人の顔が現れた。

 怪人衆の一人、無毒なボールヘビ怪人のアカマタが、画面を通して言った。


《今、現場に向かっているが酷い有り様だ、幹線道路のいたる箇所が倒壊した建物の瓦礫で、通行困難な状態だ、

近くの避難所に向かう人間の誘導は、ケガの再生力が高い怪人たちが率先してやってくれている》


 アカマタの背後で、バラの花の香りがするゾンビ『朱蘭』と、何者かが交戦しているのがチラッと見えた。

 困ったように頭を掻きながら、アカマタが言った。

《指定された現場状況の確認に向かう途中に、ちょっと邪魔が入って朱蘭が交戦中だ……》

 アカマタの背後の空を災害救援用ドローンの群れが飛んでいくのが見えて、通信は切れた。


 朱蘭は、チョコレートの香りがする女性ゾンビと、瓦礫の山で戦っていた。

「あははははっ、朱蘭、本当にゾンビになっちゃたんだ! あたしもゾンビに変えられちゃったよぅ」

 甘いチョコレートの香りがする女性ゾンビ──『チョ・コレート』は。片手にはめた革手袋の指先に、十五センチほどのステンレス製ナイフが付いたブレード・グラブ〔手袋刀〕で朱蘭を襲う。

 朱蘭は、片腕を植物のつるのように変化させた鋭いランス〔騎兵槍〕で、コレートと対戦していた。

 朱蘭が言った。

「おまえ誰だ? なぜ、オレたちを襲う?」

 チョ・コレートは、銃型の水鉄砲で液状化したチョコレートを、朱蘭に向けて発射する。

 付着したチョコレートは、急速に硬質化した。

「あははははっ、朱蘭やっぱり生前の記憶がないんだ……自分が殺し屋だったコトを忘れている」

「殺し屋? オレが?」

「不死身のゾンビ同士が戦えばどうなるのかねぇ……チョコレートを喉に詰まらせて死んだ、あたしをゾンビ化した男は、隕石落下時の衝撃波で死んだ」

 コレートのブレード・グラブの刃が朱蘭の、胸部に突き刺さる。

 朱蘭が受けた痛みが、ダイレクトに伝わってくるアカマタが。

「ぎゃあぁぁ!」と、悲鳴を発する。


 ヘビ怪人怪僧の身を案ずる朱蘭。

「クソ坊主!」

「よそ見をするな、オレのコトは気にしないで戦え……このくらいの痛み、なんともない」

 アカマタは膝かかえ座りで体を丸めると、ボールヘビの防御姿勢に入った。

 コレートの朱蘭への攻撃は執拗に続く。

「どうして、あたしが朱蘭を襲っているのかって。決まっているじゃない、あたしをゾンビ化した男が宇宙邪神とかいうヤツから、邪魔するヤツを倒して欲しいって、大金積まれて頼まれたからよ!」

 コレートの刃が朱蘭の腕や足を切り裂くたびに、体を丸めた防御姿勢のアカマタに傷が生じて血が吹き出す。


「邪神から頼まれた男は死んじゃったけれど、あたしはマスターの命令に従っているだけ……それに朱蘭、あんたは生前から大嫌いだった。あははははっ……殺し屋の規定が無くなったゾンビの今なら、あんたを殺せる」

 跳び下がって、倒れた瓦礫の壁の上に乗った朱蘭は地鳴りと揺れを感じた。

(なんか変だ……何かが地面の下にいる?)

 殺し屋の直感で危険を察知した朱蘭が横に跳ぶのと同時に、地面の下から瓦礫を弾き飛ばして、巨大な黒い根のようなモノが出現した。

 竜の尻尾に似た黒い根は、チョ・コレートを押し潰し。


 弾かれ飛んだ瓦礫の壁が、防御姿勢のアカマタに直撃して、下敷きになった怪僧は……死んだ。


 次々と地表に現れる黒い根は、隕石落下地点に続いていて。

 落下地点では黒い宇宙植物が、巨大な多頭竜の蔓枝を伸ばして急速成長していた。

 そして、広がった地下根や絡まって成長する巨大幹から、数珠三脚関節のシャドー・リザードマンがワラワラと出現しているのが朱蘭の目に映る。

 朱蘭は取り出したスマホで撮影した、シャドー・リザードマンの映像を亜区野組織の総合司令室に送ると、片膝をついてしゃがみ呟く。

「バカヤロウ……クソ坊主、魂を分け与えてくれた、おまえが死んだらオレも消滅しちまうだろうが……バカヤロウ」

 朱蘭の体は、塵になって消えた。



 そして、邪神からカネで雇われたのは、チョコレートの香りがする甘いゾンビだけではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る