⑦竜の首隕石……春髷市落下……数時間前
買い物カゴを提げたインディゴは、空き地に仰向けで倒れている。
目の周辺をパンダのように黒くラクガキをされて、ヒゲを描かれた老勇者の亡骸を眺めてタメ息を漏らす。
「いい格好つけすぎたクマ……子供を助けて若返ろうとして死んだら意味ないクマ」
そう言いながら、インディゴの目はどこか勇者を讃えているようだった。
一つ目のヒトデ型悪魔が言った。
「瑠璃子さんから頼まれた、下水道にいる鉛谷ズ子に伝言を伝える用事も無事終わったクマ……もう何も思い残すコトはないクマ」
インディゴは買い物カゴの中から取り出した、金属製の武具で先端にトゲトゲの球体が付いた手持ち武器【モーニングスター】をメッキの近くに置いた。
「魔女『桜菓』から、いざという時にメッキに渡して欲しいと頼まれていた魔界武器、ブラッディスター【苦ヨモギ】だクマ……通常の人間なら扱えないけれど、メッキなら扱えるクマ……たぶん、今が渡す時クマ」
空を見上げるインディゴ──インディゴの目には、宇宙から裏地球に向かってくる。宇宙植物竜の首が大圏を通して見えていた。
「多くの人は、これから起こる大惨事にまだ気づいていないクマ……自分の余命も残り少ないクマ……インディゴ族は自分の寿命を知っているクマ」
インディゴは、メッキに手をかざす。インディゴの手から淡く優しい光りがメッキの体に流れていく。
「人間を無償で助けて、残り少ない自分の命を与えるなんて……本当にダメな三流悪魔だクマ……こんなんだから、悪魔仲間からバカにされるんだクマ」
目に涙を浮かべながら、インディゴが若返った勇者メッキに言った。
「みんなを守って欲しいクマ……勇者メッキ」
インディゴの涙が、メッキの顔に描かれていたラクガキを消滅させる。
命をメッキに移行させた優しい悪魔インディゴの命の炎は揺らぎ消えた。
やがて若返ったメッキが目を開けて、絶命している悪魔を見る。
近くに置いてあった、ブラッディ・スターを手にして勇者はすべてを悟る。
「バカヤロウ、オレはちょっとばかし、善い人のフリをして若返りたかっただけなのに……こんな、しょーもない最低勇者に大切な命を与えやがって……バカヤロウ」
苦ヨモギを手にした勇者メッキは、立ち上がり涙目で青い空を見上げた、
魔王真緒は、灰
マオマオは、久しぶりに魔王城に帰ってきた。母親の誕生日に送る花束の注文を性別不明のリグレットにしていた。
「予算はこれくらいで、誕生日プレゼントの花束をアレンジして……母さんの好きな花を花束には加えて」
リグレットが、真緒のリクエストをメモしながら何か言いたげに口を開いた時、鼻をクンクンさせながら犬のように這いつくばった、灼熱雷太が現れた。
雷太は、真緒の爪先から顔近くまで匂いを嗅いでから真緒に言った。
「マオマオ見っけ、意外と匂いだけでも探せるもんだな。おまえに用事があって探していた」
「雷太、野生化が進んだね……用事って何?」
「蒼窮テラ美が、オレのテントで待っている……何か話したいコトがあるそうだ」
「なんだろう? わかったすぐに行く……満丸くん、いつものアレ頼む」
満丸が丸い体をさらに丸める。
灰鷹満丸の上に飛び乗った真緒を見て、雷太が言った。
「懐かしいな、ラグナ六区小学校の運動会でやった〝玉乗り競争〟か……いつも真緒が一位で、オレが二位だったよな。海斗は玉にさえ乗れなかった」
【玉乗り競争】球体状のモノに小学生が飛び乗って、足下の玉を足を動かして転がしながら疾走する競技。
飛び乗った満丸玉を、その場で高速回転させながら真緒が言った。
「それじゃあ、お母さんへの誕生日プレゼント花束、お願いします……満丸くん行くよ」
真緒が玉乗りで、テラ美がいるテントに向かい。
少し遅れて雷太が四つ足走りで、真緒の後を追う。
去っていくマオマオの背中を見ながら、色即のリグレットは心の中で真緒に問いかけていた。
[お母さんが好きな花って確か、ウツボカズラだよね……いいの? 食虫植物を誕生日プレゼントの花束にアレンジしても……本当にいいの?]
【夢の世界】──夢の崖上に腕組みをして夢太郎は立っていた。
真緒のその時の記憶ちがいで虹色夢太郎とも『七色夢太郎』とも名称が時々変わる夢のヒーローは夢の大平原に突如現れた、お花畑模様の脳ミソのような物体を眺めていた。
ドクンッ、ドクンッと脈打っている三階建てのビルくらいの高さがある、花畑脳ミソは少しづつ巨大化している。
夢太郎の体は半身別に赤と黒に色分けされていて、それぞれの半身に黒と赤の渦巻き模様や唐草模様が反転した形で浮かんでいた。
赤い半身側には、黒い渦巻きと唐草模様が。
黒い半身側には、赤い渦巻きと唐草模様がある。
ただ、顔面の回転している渦巻き模様だけは、半身の領域ごとに赤になったり黒くなったりしている。
夢太郎の顔面が四方向に裂けるようにパカッと開き、中から真緒の夢の世界で生み出された、アニマの『暗闇果実』の顔が現れた。
アニマの暗闇果実が、夢太郎の顔からズズズッと、胸の谷間が見える位置くらいまで外に露出してきた。
両腕は夢太郎の顔の中に残したまま、両肩を露出させたアニマの果実は服を着ていない。
夢アニマの暗闇果実が夢太郎に訊ねる。
「アレなんなの?」
「わからない、初めて見た……ナイトメアの一種? かな?」
「前々から少し気になっていたけれど……名前どうして、虹色だったり七色だったり時々、変わっていたりするの?」
「真緒くんが、ボクに付けてくれた名前だから……真緒くんの記憶次第だから、ボクはそんなに気にしていないけれどね」
「マオマオくんと夢太郎は、いつ出会ったの? アニマのあたしが誕生する前からだよね……良かったら聞かせてくれないかな」
「あまり、面白い話しじゃないぞ」
「それでも、聞きたい」
「しょーがないな……あれは、ボクが夢の世界で卵から生まれて、まだ名もなかった頃……真緒くんに出会った」
夢太郎は静かな口調で語りはじめた。
暗い夢の淵で一個の卵の中から殻をやぶって、渦巻き模様の人型生き物が生まれた。
夢の生物は、暗闇の中で泣き続けていた。自分が誰なのか、自分が何者なのか、ここがどこなのか、何をすればいいのか……何もわからないまま、恐怖と不安のカオスの中で長い間、泣き続けていた。
ある時──一条の光りが暗闇の中に差し込み、渦巻き模様の幼い人型生物を照らした。
スポットライトのような光りの中に、男の子が現れた。
渦巻き模様の人型生物と同じくらいの年齢の、魔王真緒だった。
マオマオが、しゃがみ込んで泣いている生き物に話しかける。
「君は、どうして泣いているの?」
顔を上げた、まだ名前がないグルグル渦巻きの生物が答える。
「ボク、何もわからないんだ……ここがどこなのか、ボクは何なのか、怖くて怖くて……君はボクが怖くないの?」
「怖くなんかないよ、だってここはボクの夢の世界だもん」
「夢の世界? 君の夢?」
暗闇が晴れて、広大な夢の平原が現れる。
名前がない夢の住人は、自分が広い場所にいたコトに初めて気づいて立ち上がる。
「ボク、こんな広い場所にいたんだ……ねぇ君の名前は?」
「魔王真緒、みんなからはマオマオって呼ばれている」
真緒が名前がない夢の住人に手を差し出す。
「友だちになろう」
「トモダチ? って何?」
「こうするんだよ」
握手をするマオマオ。
夢の住人は、真緒の手の温もりを夢の中で感じた。
名前がまだない、夢の住人が言った。
「真緒くん、ボクに名前を付けてくれないかな……真緒くんが付けてくれた名前なら、この夢の世界でボクがやるべきコトがわかりそうな気がする」
「名前かぁ」
真緒は夢の平原に架かる虹を見た、それは十二色の壮大な虹だった。
真緒が言った。
「十二色は少し多いかな……『夢太郎』七色夢太郎? 虹色夢太郎なんてどう、君はボクが思い描いたスーパーヒーローにそっくりだから」
「『七色夢太郎』……素敵な名前をありがとう」
虹を真緒と一緒に眺めてながら夢太郎が言った。
「ボクがやるべきコトが今決まった……ボクは真緒くんの夢を守るために生まれたんだ」
ここに、夢のヒーローが誕生した。
夢太郎の話しを聞き終わったアニマの暗闇果実が、微笑みながら呟く。
「なんかいい話しだね」
アニマの暗闇果実が、顔の中に引っ込むと。
悪夢羊の『ブラック・サン』と、夢鬼と夢天狗と夢カッパの三種混合種族の『鬼天河血姫』がやって来た。
鬼の角、カッパの皿と甲羅、カラス天狗のクチバシ鼻の目元と鼻先を覆う仮面をした血姫が夢太郎に訊ねる。
「あの、お花畑みたいな気持ちが悪い脳ミソなに? 新人の悪夢なら筋を通してもらわないと……勝手に夢世界を侵略したら迷惑よ」
ブラック・サンが言った。
「そうだ、そうだ、新参者の悪夢なら挨拶くらいして来い……オレは現実世界を侵略するのは好きだが、されるのは大嫌いなんだ」
夢の住人たちが見守る中、極神狂介のスカスカ脳を細工して作られ、夢の世界に送られてきた。
シャドー脳から、黒い揺らぎが現れはじめた。
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