④新橋博士の走馬灯

 大量の札束に埋もれて意識が朦朧もうろうとしていた、新橋博士は過去の走馬灯を見ていた……まだ、夢と希望に満ちた若いロボット工学博士で、守銭奴では無かった頃の懐かしい思い出を、最後の時を迎えた新橋博士は少し微笑みを浮かべて見ていた。


 若くしてロボット工学の博士課程を修了して、博士号を取得した新橋博士は、恋人を助手席に乗せたレンタカーで夜の山道を走行していた。

 ハンドルを握り、華麗に急カーブを曲がる新橋博士は車内モニターで、正義の巨大ロボットの設計図を恋人に見せる。

「いつの日か、必ず完成させる予定の正義の巨大ロボットの、設計図だ……プロトタイプ設計図だから、変更箇所も出てくるかも知れないけれど」


 自分の夢を熱く語る新橋博士とは対照的に、助手席の恋人は山道のカープを曲がるたびにヒヤヒヤしていた。

「ねぇ、少しスピード落とした方が良くない……さっき『チュパカブラ注意』の標識があったよ」

 新橋博士が車を走らせている山は、頂上が夜景スポットになっていて週末になるとカップルが乗った車両もよく走行している。

 時々、魔王城の優魔の森に住むチュパカブラが、高い壁を飛び越えて月光浴をするために、この山に出没していた。

 チュパカブラは、魔王城で十分な食べ物を与えられているので人を襲うコトはない。


 自信満々でハンドルを回す若き新橋博士。

「大丈夫だよ、ボクの運転テクニックなら山道をドリフト走行も楽勝で……」

 新橋博士の運転する車がタイヤを軋ませて、曲がったカーブの先に赤い目をした生き物が道の真ん中に立っていた。

「うわぁ! チュパカブラだ!」

 チュパカブラを避けようと、ハンドルを切った新橋博士の車は立木に衝突した。

 強い衝突音、助手席側のボンネットが大きくへこみ、車体が横転する、片方のヘッドライトが点滅を繰り返す。


 新橋博士は恋人を助手席に乗せた車で、横転事故を起こした──チュパカブラは、いつの間にか姿を消していた。

 エアバッグで圧迫されながらも、新橋博士には意識はあった。

「うぅ……いったい何が」

 痛む額を触った新橋博士の手の平に、ヌットリとした血が付着する。

 助手席を見ると、顔面蒼白でシートベルトをした彼女の胸に、フロントガラスを突き破って折れた木の枝が刺さっていた。


「かはっ……かはっ」

 ほとんど意識がない彼女が咳き込むたびに、口から血の飛沫が吹き出す。

 新橋博士は、必死にシートベルトを外すと変形したドアを押し開けて車外に出た。

 携帯電話は、追突の衝撃で車外に放り出されしまった。

 山道を走ってくるヘッドライトの明かりが見えた、新橋博士は必死に走ってきた乗用車に手を振って停止させる。

 車に乗っていたのは、若い男数人のグループだった。

 運転をしていた男に、ドアにしがみつくような形で、新橋博士は助けを求める。

「事故ってしまって……警察に連絡を、救急車を呼んでください!」

 血痕が窓枠に付いたのを見た、運転席の若い男は露骨に嫌悪の表情を示しながら意外な言葉を、負傷した新橋博士に吐いた。


「カネは? カネを払ったら連絡してやるよ……そうだな、新車を汚されたから十万ってところかな」

 新橋博士の唇が怒りに震える。

「カネだと!? ケガ人がいるんだぞ!」

「知ったこっちゃねぇよ、助けてもらいたかったら即金でカネを払うんだな」

 そう言い残して走り去っていく車内から、男たちの哄笑が聞こえてきた。

 カーブを曲がっていくテールランプに向かって、新橋博士は怒鳴る。

「おまえたち! それでも人間か!」


 幸い新橋博士は、数分後に山道を走行してきた、前面にトラネコの顔が付いた、無人のロボット配達車両の軽トラック

から警察と救急車両に連絡され。

 車両から人型に変形する、ロボット救助工作車とロボット救急車に救助されて病院に搬送された。


 頭に包帯を巻かれた新橋博士は、 恋人の大手術が行われている手術室近くの長椅子に座って、悔しさに拳を握りしめる。

(カネさえあれば……この世の中はカネがすべてだ、カネさえあればあんな惨めな思いはしないで済んだ……ちくしょう、カネだ、カネがすべてだ!)

 この日を境に、新橋博士は金銭に執着する男に生まれ変わった。

 過去の走馬灯が次第に薄れ消えて、札束の山の中で新橋博士は……静かに息を引き取った。

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