③全能の邪悪なる神

 ラグナ六区学園、下校時の帰宅路──制服姿の『白玉栗夢』は、物陰に隠れてマオマオが来るのを待っていた。

 通りすぎていくラグナ六区学園の生徒たちは、ストーカーのように物陰にから覗き見をしている栗夢に、知り合いは挨拶をして去っていく。

「さようなら、栗夢」

「あっ、さようなら、また明日」

 白玉栗夢は、和菓子屋の主人に改造された改造人間である。

 すでに栗夢が改造人間で、マオマオを父親の仇として狙っているコトは、周囲には暗黙の了承となっていた。

「今日こそ、お父さんの仇のマオマオくんを……」

 変身後の栗夢の顔には目線やモザイク処理される、声も音声変換される。

 どこか感覚が人とズレれているマオマオだけは、変身後の栗夢を、別人の同姓同名の怪人だと思い込んでいた。


 それらしい人影が見えた栗夢は、変身ポーズに移行する。

「へーんしん」

 白玉栗夢の新変身アイテム、二匹の妖怪一反木木綿もめんが、どこからか飛んできて栗夢の変身シーンを人目から隠す。

 一反木綿の螺旋飛行の中で、白玉栗夢は発酵食品と妖精の合成怪人に変身した。

 フリルやヒラヒラが付いたコスチュームで、登場時の口上を音声変換された声でする栗夢。

「酸っぱい臭いはダテじゃない! おぞましき発酵怪人参上、我が姿に怖れおののけ! 必殺技は発酵パンチ」


 怪人姿になった栗夢は、近づいてきたマオマオらしい人物に酸っぱい臭いがする、糸引く拳で殴りかかった。

「マオマオくん! 父のかたき!」

 栗夢が拳を突き出した相手は、ワスレナ・ミソラだった。

 寸前で止めた拳から、酸っぱい粘り汁が慣性でミソラの顔に……ピトッと飛ぶ。

 ペコペコと頭を下げて詫びる白玉栗夢。

「すいません、人違いでした……ごめんなさい」

 顔に飛んだ酸性の汁も気にせず、ミソラが言った。

「君、オレに拳を向けたね……なんか、マオマオとか叫んでいたみたいだけれど?」

「マオマオくんは、魔王真緒の愛称です……真緒くんは、あたしの父親の仇なんです」

「ふ~ん、魔王真緒はマオマオくんって呼ばれているのか……そして君は、そのマオマオくんと深い繋がりがある人物」

 なぜか顔を赤らめて、指先ツンツンでモジモジする栗夢。

「深い繋がりだなんて、そんなぁ……ただ、マオマオくんは父の仇なだけですぅ」


 この時、ミソラの目は白玉栗夢の内部を透視していた。

 怪人の内部図解のようになった栗夢の体の中に、ミソラはあるモノを発見する。

「君、体の中に【自爆装置】が埋め込まれているね」 

「えっ!? 自爆装置?」

 それは栗夢自身も知らなかった、自分の体の秘密だった。

 ミソラが開いた手の平を栗夢に向けていった。

「試しに爆発させてみよう」

 ミソラが開いた手を握ると、自爆装置を強制作動させられた、白玉栗夢の体が爆発した。

 物陰から走ってきた小型ロボットの『メガネかけ直し

クン』が、栗夢のメガネを拾ったのを見たミソラは、メガネかけ直し君を蹴って壁に激突させて大破させた。


 爆発した栗夢を目撃した、生徒たちから理解が遅れて悲鳴が発せられる。

 全能の邪悪なる神が怯えている生徒たちに言った。

「今、見たコトは忘れろ……爆発した女の子は、この世界に最初から存在していなかった……忘れろ」

 白玉栗夢の存在を忘れた帰宅路の生徒たちは、何事もなかったように雑談しながら歩き出す。

 呟くミソラ。

「どうせ、植物竜の首が落下すれば、こいつらは死ぬんだ……今、オレが手を下す必要もないだろう……さてと、金銭で自由にできる人間を探しに行くか、宝珠を集めるのはその後でも十分間に合う」

 ミソラは、地面から数センチ足裏を浮かせた状態で、スーッと帰宅する生徒たちの横を進んだ。



【迷彩ベース】内──『新橋博士』は不機嫌そうに部屋の中で、いきなり訪ねてきたワスレナ・ミソラに背を向けると、テーブルの上に置いてあった横跳ねのウィッグを手にして吐き捨てるように言った。

「まったく、予約もなしに……『時は金なり』ムダにした時間分の金銭は、しっかりもらうからな……話しを聞くのは五分間だけだ、それを越えたら追加料金だ」

 新橋博士の脳ミソ丸見えのクリアーな頭蓋骨の脳髄液の中に、数匹のクリオネが泳いでいるのが見えた。

 ウィッグをかぶった、新橋博士の耳に床に放り投げられた札束の音が聞こえ。

 振り返った新橋博士の目が、無意識に¥や$に変わる。

 札束を投げたミソラが言った。

「これは一部だ……オレの手足となって従属したら、この紙切れを大量にやろう」

「おおぉ……カネ」

 床に這いつくばって、札束に手を伸ばそうとしていた新橋博士は、首を横に振って伸ばした手を引っ込めて立ち上がった。

 ミソラが札束を受け取らない新橋博士に訊ねる。

「どうした? 人間なら誰でも欲しがるモノでしょう? 遠慮しないで受け取ってオレの従属になれば」

「カネは欲しい……だが、おまえさんからは、邪悪な臭いがプンプンする……悪魔に魂まで売り渡してまでカネを得ようとは思わん」

「そっか、それなら最初から渡そうと思っていた、額をあげよう……金銭欲や物欲が強い従属者は別に見つけるから」

 ミソラが天井を指で示すと、ブラックホールの中から現金輸送車の後部が現れ、開いた後部ドアから大量の札束が新橋博士の頭上に落ちてきた。

「うわぁぁぁ!」

 札束の山に埋もれた新橋博士の上に、さらに何千何万トンの札束が落ち続ける……新橋博士の肺や内臓が札束の重量に圧迫されていく。


 札束の山の前で、ミソラはポケットから取り出した。モリブデンが所有している怪人カプセルを眺め呟く。

「異次元で見つけた、この中身が入った怪人カプセル……使えるかな?」

 ミソラは、札束で埋め尽くされた部屋を出た。

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