③秘密すぎるアクの組織
その日──自然消滅したアクの組織【ノットルン】元所属の怪人、みたらし団子のタレがかかったダンゴムシの『ダンゴ怪人』は。
元ノットルンの女性幹部『ティラミス書記』が経営する、コッペパン屋にやって来た。
店の入り口に『営業中』の札を吊り下げた、ティラミス書記が開店前から外で待っていたダンゴムシの怪人に懐かしそうに声をかける。
「久しぶり、元気だった」
「ええっ、ティラミス書記もお元気そうで……イートイン席でコッペパンを食べてもいいですか?」
「大丈夫よ、コーヒーも用意できるから」
ダンゴムシの怪人は店に入ると、喫茶コーナーの椅子に座る。
ダンゴムシ怪人は、
ノットルンに他組織から移籍してきた当初から、ダンゴムシ怪人ではなく『ダンゴ怪人』と体に甘いタレを塗って主張し続けている。
ショーケースの向こう側から、ティラミス書記がダンゴ怪人に聞いてきた。
「コッペパンに何を塗る?」
「自家製アンコとバターで」
ティラミス書記は手際よく、開いたパンにアンコとバターを塗るとコーヒーと一緒に、ダンゴ怪人がいるテーブルに持ってきた。
コッペパンを食べているダンゴ怪人に、パンに切り込みをいれる作業をしながらティラミス書記が聞いてきた。
「子供たちは大きくなった? 生まれた時は保育器の中で丸くなった、ダンゴムシだったけれど」
「もう、やんちゃで困ります……毎日、兄弟揃ってキナコまみれになって帰ってきて」
「元気なのはいいことじゃない……奥さんもアンコをかぶった、ダンゴムシだったわね」
「もうすぐ、三人目が生まれます……今度は女の子みたいです」
「おめでとう、三児のお父さんね」
ダンゴ怪人は、壁に飾られている集合写真に目を向ける。
巨大な上半身だけの全長二十メートルほどの寿司職人ロボット、ノットルン首領の前には
亡くなった者もいれば、消息不明になってしまった者もいる。
懐かしい集合写真を眺めながら、ダンゴ怪人が言った。
「あの頃は楽しかったですね……怪人のソフトクリーム課長、トコロテン怪人、スイカ怪人……鍋一族の族長『闇鍋元帥』や、串刺し一族の『竹串大僧正』もいましたね……他にも」
次々と思い出される、ノットルンの幹部たち。
正体が酸っぱいイカ怪人で、駄菓子怪人を率いた『イカ酢博士』
ガムやチョコレートやグミの、おやつ怪人を率いた『ブラックチョコレート将軍』
寿司ネタ怪人を率いた『ガリ大帝』
麺一族の長『麺女王』
丼一族の『丼大使』もいた。
ダンゴ怪人の視線が集合写真の上隅に、楕円形で囲まれている人物に注がれる。
顔の上半面を仮面で隠している人物だった。
「『チョコパフェ生徒会長』は、相変わらず放浪中ですか? 謎が多い人ですね」
チョコパフェ生徒会長は、普段から無口でノットルン設立当初から所属しているのに滅多にノットルン本部には姿を見せず。怪人や幹部仲間からは『幽霊幹部』と呼ばれている。
「チラッと、チョコパフェ生徒会長自身が話してくれたけれど……生徒会長は、寡黙で人見知りが激しくて、極度の方向音痴なんだって……一度、家を出たら数年は帰ってこれないんだって……今は砂漠をさ迷っているって、連絡してきた」
「ずいぶんと遠い場所に」
作業の手を休めたティラミス書記の、回想がはじまった。
ノットルン帝国、設立直前──ワーキングレディだったティラミス書記は、巨大な寿司職人ロボットが寿司を握る回転寿司屋にいた。
ジャンボなギガ寿司が売りの、巨大過ぎる握り寿司が乗った皿が流れていくレーンを眺めながら、ティラミス書記こと本名『小倉モナカ』はタメ息を漏らす。
「はぁあ、あたしいったい何しに、今の会社に就職したんだろう」
店内には、離れた席には顔の上半面を仮面で隠したサラリーマンが一人いた。
新卒新規フレッシュ社員で入社した時は、夢と希望にモナカも溢れていた。
それが一年……二年と月日を重ねていくうちに、単調な日々の繰り返しに
虚脱していた。
(会社とアパートを往復して、コンビニで買い物をするだけの毎日……はぁあ)
有能な新人社員に押し出されるような形で、次第に仕事も雑務専門に変わり、先日はついに職場主催の鍋パーティーの
鍋が置かれたテーブルを巡回して、ひたすらアクをすくい取るだけの単調な仕事──小倉モナカは絶望した。
(アクをすくい取るだけの仕事……これじゃあ、アクの組織じゃないの。あたし何のために入社したの?)
自分の仕事に自信を失いかけていたモナカは、遺伝子操作で巨大化させた寿司ネタが乗った握り寿司の大皿が流れていくのを、ぼんやりと眺める。
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