②怪獣たちもカニ喰いたい
小一時間後──シアンは、とある湖に来ていた。
湖の周辺では、色とりどりのテントやターフが張られ、キャンパーたちが湖岸キャンプを楽しんでいるのが見えた。
シアンが立っているのは、巨大怪獣や巨大ロボット専用のキャンプエリアだった。
水面を眺めながらシアンが呟く。
「そろそろかな」
湖面が盛り上がり、水中から白っぽい怪獣が出現する。
頭の両側にある風力発電の風車をクルクル回している、長い尻尾の放電怪獣『白銀クイーン』──災害時にはボランティアで電気供給をしている。
白銀が言った。
「シアン、久しぶり」
「やあ、白銀、元気そうだね」
今度は空から、両腕が翼になった黒い用心棒怪獣『黒いキング』が飛んできて、見事なほどに着地に失敗する。
弱点だらけの用心棒怪獣は、両腕を通常の怪獣腕にもどして言った。
「いててて、今回は迷わずにキャンブ地に到着した……よっ、白銀」
「はぁ~い、黒井。シアン、今回のメンバーはこれで全員?」
「いや、もう一匹誘っている……あっ、来た来た」
地響きをあげて、赤い晴れ怪獣『ラッコゴン・マゼンタ』のラッコ美がやって来た。
「遅くなってすみません……家族総出で巨大ヒーローを撃破していたもので」
リスのようなラッコのようなラッコ美は、提げているポシェットからハンカチを取り出して汗を拭きながら、白銀と黒井に頭を下げて挨拶した。
「はじめまして、ラッコ美です」
ビーバーのような平たい尻尾を上下させているラッコ美に、白銀が言った。
「こちらこそ、よろしく白銀クイーンです……こっちにいるのが黒井キング、ドジな用心棒怪獣」
黒井が「をいをい」と苦笑する。
白銀が続けてしゃべる。
「シアンから話しは聞いている、あなたがシアンと付き合っている……亜区野組織専属の」
「はい、怪獣です」
和気あいあいとした雑談が続く中、シアンが言った。
「それじゃあ、そろそろ焼きカニのBBQパーティーをはじめようか……おっ、指定した時間通りに来た来た」
シアンが見ている方向から、四脚歩行の怪獣と二脚歩行の怪獣が並んで歩いてくるのが見えた。
四脚歩行怪獣の背中は、熱伝導がいい溶岩石の平らなプレートになっている。
溶岩プレートは、蓄熱性が高く、一度熱すると熱い状態を保ち続け、食材が炭火で焼いたよな感じになる。
プレートの上には大鍋が乗っていて、茹でたカニから湯気がのぼっていた。
二脚歩行の怪獣は、背中に背負ったデイバックや腹部の袋に、野外BBQで必要な道具や器具を入れて運んできた。
四脚怪獣がシアンが指定した場所に立ち。
二脚怪獣が、必要な器具や道具を手際よくセッティングして。
あっという間に、焼きカニBBQの準備が整う。
シアンが言った。
「最近は、手ぶらでもBBQパーティーが、簡単に道具レンタルできるんだから……便利な時代だ、さあカニを焼くぞ」
四脚怪獣の腹下に、大木の木炭と着火剤が置かれる。
白銀がラッコ美に言った。
「ラッコ美ちゃん、着火剤に点火をお願い……あたしは電気系の供給するから」
「はい」
ラッコ美の口から炎が噴射して、着火剤に火がつく。
シアンが、一度茹でた人間大の毛ガニやシャンハイガニを、熱した溶岩プレートの上に乗せると、香ばしい焼きカニの香りが漂ってきた。
同時刻──茜はアパートの部屋の、パソコン画面でテレビを観ながら飲み物を飲んでいた。
ちょうど、湖岸でキャンブやBBQを楽しんでいる、人間や怪人の姿が映し出されている。
ヘルメットをかぶった女性レポーターの志村が、マイクを手に現場レポートをしていた。
《ご覧ください、週末の湖岸キャンプ場は、このように人間や怪人や怪獣のグループで賑わっています》
シアンたちが、BBQをしている場面が映し出されると、茜は飲んでいた飲み物を勢いよく、水鉄砲のように口から吹き出す。
「ぶっ、ぶはぁぁ! 何やっているのよ! アイツ!」
湖岸での怪獣たちの焼きカニパーティーも、中盤に差し掛かった頃、ラッコ美が言った。
「茹でたカニや、焼いたカニも美味しいですけれど、活きがいい生のカニも食べてみたくなりますね」
溶岩プレートの上にカニを、次々と乗せているシアンが答える。
「大丈夫ですよ、もうすぐカニの方から歩いてきますよ」
しばらくすると、昼型活動ガニィ星人の茜が、シアンたちの方に歩いてきた。
「ちょっと、あんた! 何やっているのよ、侵略はどうした……もしかして、あなたたち、食べているのカニじゃない?」
怪獣たちの茜を見る目つきが変わる。
シアンが茜の背後を指差す、怪獣たちに背を向けて振り返る茜。
「なに? 後ろに何かあるの?」
すかさずシアンが、背を向けた茜をつかみ捕まえる。
「ち、ちょっと何するのよ! 放しなさい! ひっ!」
並んだ怪獣の牙に茜は恐怖する、シアンが仲間の怪獣たちに言った。
「ほらね、活きがいいカニの方から歩いてきたでしょう」
「用心棒怪獣としては主人を食べるのは心苦しいが、カニの姿なら割りきって食べられる……どうやってカニに変えるんだ?」
「この脇の下の凹んだ箇所を押せば、強制的にカニの姿に……ほらっ、変わったでしょうカニに、それじゃあみんなで美味しくいただきましょう」
バキッバキッバキッ。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
焼きカニBBQパーティーの終了が近づく夕暮れ時──白銀クイーンがポツリと言った。
「最後に、もう一匹くらい生のカニをデザート食べたいわね」
「大丈夫ですよ、また歩いてきますよ」
シアンの言葉通りに、夜型活動ガニィ星人の藍がノコノコと歩いてきてシアンに言った。
「ちょっと、あなたたち何やっているのよ? 茜の電子伝言板の書き置きと、場所の地図があったら来てみたけれど……茜はどこ?」
シアンが指差した後方を振り返り、怪獣たちに背を向ける藍。
「どこにもいないじゃない……ち、ちょっと何するのよ! 放しなさい! うぎゃ!」
バキッバキッバキッ。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
夕暮れに染まるシルエットの中……怪獣たちが毛ガニを、分け合って食べている光景を眺めていたダンゴムシの怪人に、子供のダンゴムシ怪人が父親怪人の腕を引っ張りながら言った。
「パパもう帰ろうよぅ……道具は全部車に積んで片付けたよ、ママも帰ろうよって呼んでいるよ」
みたらし団子のタレがかかった、父親のダンゴムシ怪人が言った。
「そうだな、帰ろうか」
怪人家族が乗った車の運転席でハンドルをにぎって車を発進させた、パパダンゴムシ怪人に助手席に座る、アンコまみれのママダンゴムシ怪人が言った。
「パパ、みたらし団子のタレを座席シートにつけないで……ベタベタして気持ち悪いから」
ダンゴムシのパパ怪人は。
(そういうママだって頭にアンコの帽子を)
と、いう言葉をグッと喉の奥に飲み込んだ。
湖畔のBBQパーティーからガニィ星人たちのアパート地下基地に帰ってきたシアンは、記録ノートを棚にもどしている人間サイズのウツボギラス・シアンに訊ねた。
「首尾はどうだ?」
「バッチリですよ、次のクローン体の『藍』と『茜』に移植する記憶も、いつものように改ざん操作しておきましたから……まず、バレないですね」
人間サイズのウツボギラス・シアンは、クローン装置のダイヤルを回してタイマーセットする。
「二時間くらいすると新しい藍と茜が、部屋に自動排出されます……そして、なんの疑問も抱かずに日常生活をして。たまに怪獣に思い出したように、侵略命令を出しますね」
「その侵略命令も、すべて仕組まれている事柄なのにな……さて、また休眠するか。体内にもどれミニ・シアン」
巨大シアンから、長い舌が伸びて人間サイズのシアンを、ノリ巻きのようにクルクルと舌で巻き取って、体内にもどしたシアンは、休眠台に移動する。
シアンの体から染み出た粘液が、
「宇宙人を操る怪獣が、この世界に一匹くらい居てもいいだろう」
鎖が自動で繭卵に絡まる。
ガニィ星人から見ればS級の危険怪獣は、ふたたび休眠期に入った。
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