④京紫の君・ラスト

 レグホーンが艦橋に行くと、作業服姿で艦内雑務課の若い仕丁しちょうと、年配の仕丁が床掃除をしていた。

 レグホーンが、経理と航行演算担当の三人官女の一人『一ノ宮』に言った。

「一ノ宮、また進路計算違っていたぞ……危うく大空洞の壁に激突するところだった」

 一ノ宮は、平然とした口調で悪びれる様子もなく、レグホーンに言った。

「おや、そうですか……計算違いしていましたか、それはそれは」

 一ノ宮は結構、いい加減な性格をしている。


 レグホーンが、椅子に座ってマネキュアを乾かしている。どうでもいいコトはすぐに忘れる三人官女の一人『三ノ宮』に言った。

「三ノ宮、アルコール魚雷の管理を頼んだはずだが……アルコール魚雷が一本紛失しているぞ、どうなっているんだ?」

「あれ? そんなコト頼まれた? あたいは、どうでもいいコトはすぐに忘れる性格だぜ」

 レグホーンが、頭のアリ触角を動かしながら言った。

 地中人は、元々は地上に住んでいたヘイケー貴族の末裔で、ゲンジー貴族に追われて地下へ地下へと逃げて地中人になった。

「おまえなぁ……二ノ宮、帝からの通信回線を開け」

「えーと、えーと、この回線とココを繋いでと、あれ? 映らな~ぃい、変だなぁ」

 二ノ宮が、あたふた機械を操作すると、艦橋の巨大モニターいっぱいに、白塗り顔の平安貴族の顔が現れる。

《ほほほっ、麿は地中国の帝でおじゃる……誰が白塗りのバケモノでおじゃるか》

「誰もそんなコトは言っておりませんが……帝、カメラに近づきすぎです」

《近かったでおじゃるか》

 帝が離れると、白塗りの顔の下にミミズの胴体がある『ミカドミミズ』が現れる。

 ミカドミミズは、高速ドリル土建のマスコットになっていて、ヌイグルミやグッズも販売されている……人気は無いが。

 レグホーンが言った。

「また一段と、ミミズっぽくなってきましたね」

《ほほほっ、ミミズに小水をかけたバチじゃ……ミミズの呪いじゃ……今日はレグホーンに頼みがあるのじゃ》

「なんですか?」

《娘の『京紫』がまた、地上に出てしまったのじゃ……さほど心配はしておらんが、探して見守ってほしいでおじゃる》

「見守るだけですか? 地中に連れ帰らなくて?」

《ほほほっ、麿は京紫の自主性を尊重しておる。とは言え、地上は地下ほど安全ではないからのう……実は京紫の首に、掛かっている宝珠のお守りがあるでおじゃろう》

「ありますな」


 レグホーンは、雅な平安貴族の格好をした、京紫の君の胸元にさがった赤い宝珠を思い出した。

《あの宝珠を守るためにも、京紫を見守って欲しいでおじゃる……宝珠が悪しき者の手に渡れば、何か大変なコトが起こると先祖から伝承されているで、おじゃる》

「どのような災いが?」

《知らんでおじゃる……京紫と地の宝珠の守りを頼むぞよ、レグホーン》

 そう言い残して、白塗り下膨れでアリの触角を生やした不気味なミミズ生物は、モニターから消えた。


 帝の姿が見えなくなると、キャプテン・レグホーンはガッツボーズをする。

 レグホーンの隣にいるムイティチゴロも、同じようにガッツポーズをする。

「よっしゃあ! 地下を流れる川の渡し守からスタートして、地下渓谷を急流する川下り船頭。地下湖の遊覧船の船長とやってきて……やっと、地中戦艦の艦長にまで昇り詰めたオレに運気が巡ってきたぁ! 京紫の君を幼妻にして、地中国を帝から奪って! オレが帝になる日も近い! ざまぁみろ、白塗りの……バケ……」

 レグホーンが、帝の悪口で『白塗りのバケモノ』と言おうとした時、三人官女の二ノ宮がポツリと言った。

「あっ、いっけな~い。音声回線の方が繋がったままだった……てへっ、あたしってドジ娘」

 レグホーンの顔から血の気が引く。


 レグホーンが、その場を誤魔化すように言った。

「五人囃子ばやし艦内の士気を高めろ、地上に出る!」

 五人囃子が、バリ島のケチャで士気を高める。

 元々は弦楽器や、鍵盤楽器や、打楽器や木管楽器を、それぞれ演奏していたのだが。

 激しいロックンロールを奏でて弦を切る。音が出ない呪われた鍵盤が、やたらと増える。

 打楽器の張られた皮を破る、笛の音程が合わない……などの理由から、最終的に五人囃子はケチャの口演奏に落ち着いた。

「♪チャチャチャチャチャチャ♪」


 地上では、空き地に置かれた土管の上に、乾きモノのようにグダァと、うつ伏せで乗って動かない『京紫の君』がいた。

 ちなみに、京紫の君は地中を自由に移動できる、特殊能力を持っている。

 京紫の君のところに、怪人衆の一人、ホワイトタイガーの冷凍怪人『黄昏冷奈』が、小さなウサギ人形リックを背負ってやって来た。

 土管の上で、グディとしている京紫の君に訊ねる。

「なにしているの?」

「干物ごっこじゃ……土管の上はポカポカしていて気持ちいいのじゃ、冷奈もやってみるのじゃ」

「うん」

 京紫の君と黄昏冷奈が、土管の上で。

「クサヤの干物、クサヤの干物」と、はしゃいでいると。

 空き地にコーン型のドリルの先端が地中から現れる、パカッと左右に開くと中から、キャプテン・レグホーンが出てきた。

「探しましたよ、京紫の君」

 不機嫌そうな表情でレグホーンを、睨みつける京紫の君。

「近づくでない、レグホーンはキモいから嫌いじゃ……なにしに来たのじゃ」

「お父上の帝から、見守るように頼まれまして」

 レグホーンは、愛らしい京紫の君を眺めて内心思った。

「本当に可愛らしい顔立ちをしている……京紫の君を、幼妻にすれば。帝の地位は自然とオレのモノに……ふふふっ」

 露骨に嫌悪の表情をする京紫の君。

「思っているコトが言葉に出ておるぞ! わらわは、おまえのそういうところが大嫌いなのじゃ!」


 その時、空き地の地面が盛り上がり、園芸スコップで地中を掘ってきた月白が現れた。

 月白が言った。

「キャプテン、探しましたよ……呑龍が移動していて、見つけるのに苦労しました……これは、これは、いつも麗しい京紫の君、こんなところでお会いするとは奇遇ですね」

 京紫の君は、二度目の露骨に嫌そうな顔をする。

「わらわは、おまえも嫌いなのじゃ……冷奈ちゃん、別の場所に行って遊ぶのじゃ」

 京紫の君は、黄昏冷奈と手をつないで歩きながら会話する。

「次は何をして遊ぶの?」

「行き倒れごっこじゃ、地面に倒れておれていれば、誰かがお菓子をくれるのじゃ」

 京紫の君の姿が見えなくなると、月白がキャプテン・レグホーンに訊ねる。

「追わなくてもいいんですか?」

「冷凍怪人の子供が一緒にいるんだ、大丈夫だろう」

「そうですか」


 レグホーンと月白が

会話をしていると、怪人ヒーローのモリブデンが、自転車の黒烏号に乗ってやって来て言った。

「やっと見つけました……カプセル怪人になってみませんか?」


 咄嗟にキャプテン・レグホーンから飛び離れた月白が、愛想笑いをしながらモリブデンに言った。

「どうぞ、どうぞ、好きにゲットしちゃってください……社長艦長、後のコトはご心配なく」

「月白、きさまぁ……それが本心か!」

 空の怪人カプセルを、レグホーンに向かって投げつけるモリブデン。 

 ニヤニヤしている月白。キャプテン・レグホーンに向かって飛ぶ怪人カプセルは、急に軌道を変えて月白の方に向かう。

「へっ!?」

 避ける間も無く、月白の眉間にぶつかる怪人カプセル。

「どべっ!」

 仰け反る月白の体は、怪人カプセルの中に吸い込まれ、モリブデンの手元にもどってきた。

「怪人一体、ゲットだぜ!」


 副官の月白が、怪人カプセルの中に吸い込まれたのを見たレグホーンは、頭を掻きながらポツリと。

「さて、地下に帰るか」

 そう呟いて、地中へと帰って行った。



 マオマオがいる、裏地球を宇宙の小惑星に座って眺めている、宇宙邪神の『ワスレナ・ミソラ』が呟いた。

「相棒の『色即のリグレット』は、まだ覚醒しないか……まぁいい、まだ時間はある。そらの宝珠は、螺魅が持っているから……いつでも、奪うコトはできる。焦らない、焦らない」

 小惑星の上に、仰向けで寝そべったミソラは、さらに呟く。

「『蒼穹そうきゅうテラ美』もうすぐ、君を汚してあげるよ……そして、リグレットを腑抜けに変えた、魔王真緒は罪を償わなくてはならない」

 ワスレナ・ミソラは、宇宙の星々の輝きを眺めた。



 第四章~おわり~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る