③地中の国の愉快な仲間たち

 春髷市の某喫茶店内──カウンター席で、オレンジ色とグリーン色の斑模様で、フルフェイスのバイクマスクのような頭をした怪人ヒーロー『モリブデン』が何やら、 腰に巻いたサバイバル生活ベルトから抜いた空の怪人カプセルを眺めながら考え込んでいた。

「やっぱり、この状態はマズいよなぁ……この前、四つあった怪人カプセルのうち、一体怪人が入ったままのカプセルを四次元空間に、投げ入れてしまったから……なんで、あんな意味不明なコトしたんだろう」


 緑色のマフラーをして、鋭いノコギリ刃のようなトゲトゲが付いた黒い手袋とブーツを履いて、痺れ毒トゲの背ビレを広げたり閉じたりしながら考え込んでいるモリブデンに喫茶店マスターの通称『おやっさん』が聞いてきた。


「さっきから何を悩んでいるんだい?」

 おやっさんは、外見こそ普通の人間だが改造された人間で、それなりに強い。

 その昔、おやっさんは怪獣専門の対策チームのチーフをやっていた時期もあるらしい。

「いやぁ、もう一体カプセル怪人を増やそうかと思って」


 現在、モリブデンが所有しているカプセルに入っているのは、異世界の盗賊の娘で石柱や鉄骨をブンブン振り回す怪力女の『ヴィオレット・フィズ』──勝手に、居住空間があるカプセルから抜け出して春髷市内をうろついていたり。故郷の異世界とマオマオの世界を自由に往復している。


 もう一体は、遺伝操作をされた生物兵器、ライオンの頭をした気弱な拳闘士『オレンジ・ペコ』──最初は後ろ足で立ち上がったライオンだったが、今はライオン頭の人間の姿に変化してきている。

 総合格闘家が愛用している指が露出した、オープンフィンガーグローブをしていて、腰にはチャンピオンベルトを締めて、ブーツを履いている。

 オレンジ・ペコも、ヴァイオレット・フィズと同様に、たまにカプセルから出て、マイバックを肩にスーパーマーケットで買い物をしている。


 モリブデンが言った。

「よかったら、おやっさんが、カプセルに入って怪人になってくれませんか? なんでも、その昔、悪い宇宙人を素手で殴って、倒したとかいう武勇伝があるとか」

「オレがカプセルの中に入ったら。誰がこの店をやるんだ……殴って倒した宇宙人なんて、なよっとした弱々しいヤツだったぞ、お面を使って一人で複数いるように見せているような」

「ダメですか」

「ダメだな、おっ! 微震だ……地中海賊のヤツら、また店の下を、地中戦艦で進んでいるな」

 おやっさんと、モリブデンがそんな会話をしていると、店の勝手口の方から、二脚歩行をする等身の黒アリがゾロゾロと店の中に入ってきた。

 土木作業員姿のアリたちは、店のテーブルに置いてある容器に入った砂糖をレジ袋に移し変えて、店の入り口から出ていった。

 あまりにも、テキパキとした自然な流れのアリの行動に、ボーッと眺めていた。

 おやっさんが我に返って怒鳴る。

「おまえたちの仕業か! 最近やたらと砂糖の減りが早いのは!」

 土木作業員の格好をしたアリたちを追って、店の外に飛び出した、おやっさんはすぐにブツブツ言いながらもどってきた。

「逃げ足の早いヤツらだ、もう姿が見えない……確か、あいつら地中海賊の『高速ドリル土建』の社員だな……社員教育ができていない。おいっ、モリブデン、一緒に来い」

「ど、どこへ」

「近所に、高速ドリル土建が施工している一般住宅があるんだ……そこへ行って、現場責任者がいたら文句言ってやる……ふんっ」

 改造された、おやっさんの怒りの鼻息が炎風となって、おやっさんの鼻から炎が鼻毛のように十センチほど吹き出した。


 おやっさんの店の近所にある、住宅敷地内の青いブルーシートが被せられ少し盛り上がっている場所で。

 地中海賊『キャプテン・レグホーン』の副官で、高速ドリル土建の副現場責任者も務める地中人の『月白つきしろ』が作業服姿で、施工依頼者に説明をしていた。

「この、ブルーシートの下に屋根があるんですよ……ほら、見てください」

 月白が、めくり上げたブルーシートの下には、埋もれたような瓦屋根があった。

 施工依頼者の新婚夫婦が、ブルーシートの下を覗きながら月白に質問する。

「屋根が埋もれていますけれど?」

 地中人の月白が、アリの触角を動かしながら説明する。

「埋もれているんじゃありません、これから生えてくるんです。我々の施工方法は地上の施工と異なり、地下から上に向かって造っていきます」

「地下から?」

「はい、タケノコやキノコが生えるようにニョキニョキと家が生えてきます……気がついたら、ビルが建っていた経験はありませんか。あれは地下から地上に向かって地中人がビルを造っているのです……スゴいでしょう」

「そうだったんですか」


 月白が説明しているところに。喫茶店のおやっさんがモリブデンと一緒にやって来た。

 おやっさんが、月白に言った。

「あんたが、高速ドリル土建の現場責任者か?」

「そうです、わたしが高速ドリル土建の現場責任者です。施工のご依頼ですか?」

「あんたのところの社員教育はどうなっているんだ! 店から砂糖盗んでいったぞ!」

 途端にあたふたする月白。

「わ、わたしは責任者ではありません……一番偉いのは、レグホーン船長です……あいつが一番悪いんです」

「ふ~ん、そうか……じゃあ帰ったら、しっかり社員教育するように伝えてくれ」

 おやっさんと、モリブデンが去って毒づく月白。


「けっ! なんでオレが文句言われなきゃいけねぇんだ……胸くそ悪い」

 振り返った月白は、怯えている施工依頼の新婚夫婦に、にこやかな笑顔で言った。

「お見苦しいところをお見せしました、安心して我ら高速ドリル土建に任せてください……一ヶ月後には入居できますから」

 そう言うと、月白は両手に持った園芸スコップで地面を掘って地下に消えた。


 地中大空洞、怪獣や巨大マシンが往来する地下のメインストリート──大空洞を進む、艦首の尖った巨大ドリルの下に赤ら顔の酔っぱらい親父の顔がある、地中戦艦『呑龍』の艦首に近い甲板に。

 腰までの長髪で、白っぽいマントをなびかせて、ツナギ姿で腕組みをして眺め立つ。

 地中海賊『キャプテン・レグホーン』の姿があった。


 甲板に工務店の作業服を着た、呑龍の艦橋で航行雑務を務める三人官女の一人、天然ドジ娘の『二ノ宮』がやって来て、眠そうな間延び声でレグホーンに言った。

「社長艦長~ここにぃ、いたんですかぁ~探しましたよぅ」

 間延びした口調に少しイラつく、レグホーン。

「用件はなんだぁ、早く言え」

 レグホーンの隣には、南国の黒豚片目妖怪『ムイティチゴロ』が、後ろ足で二脚立ちをしてレグホーンと同じ動きをしている。

 眼帯をしてマントを身につけたムイティチゴロは、レグホーンには見えてなく、特定の人間にしか見えない。

 二ノ宮が、眠そうな声で言った。

「あのぅ……そのぅ」

「だから早く言え!」

 振り返ったレグホーンの頭に、大空洞の天井から下がっていた鍾乳石が激突する。

「がはっ!?」

「大空洞ではぁ、前を見ていないとぅ……危ないですよぅ……えーと、用件はぁ、みかどからの通信ですぅ」

 鼻血が垂れている鼻を、手で押さえながらレグホーンが言った。

「わかった、すぐに艦橋に行く」

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