②朱蘭けんしゅたいん

 作った二個の癒着魂をトレイに乗せる。

「この魂の片方を、作ったアンデットに入れれば完成だ……【オレが受けた痛みが、アンデットに転送されてオレは痛みを感じない】……魂を抜いたオレ自身も、早く吐き出した魂を体にもどさないと……ヤバいからな」


『朱蘭』と名づけた、培養カプセルに裸で浮かぶ良い香りがするゾンビに、二個の魂を乗せたトレイを持って近づくアカマタ。

 アカマタの足下には、

放置された栄養ドリンクの空き瓶が……茶色の小瓶を踏んで、坊主が前のめりでコケる。

 銀のトレイから、転げ落ちる二個の魂。

「どわぁぁ! いててぇ、誰だこんなところにドリンク剤の空き瓶置いたバカは……オレか、早く魂をバラの香りがするゾンビに!?」

 アカマタは、拾い上げたピンポン玉くらいの二個の球体を交互に眺める。

(どっちだ? どっちの魂がオレの痛みをゾンビが代りに受ける魂だ?)

 アカマタの唇が紫色に変色してくる、チアノーゼ反応だった。

「ヤバい、このままだとゾンビもオレも死ぬ……えぇい、こっちの魂だ! たぶん」

 アカマタは、選んだ方の魂を飲み込むと、残った方をアンデットが浮かぶ培養カプセルの中に放り込んだ。

 カプセルに放り込まれた魂は、吸い込まれるように朱蘭の胸部へ入っていった……ここで、アカマタは意識をとりもどした。


(はっ!?)

 死人寺の廊下で、エンジ色のスエットを着て、仰向けで倒れていた怪僧アカマタの意識がもどる。

「げはぁ、がはぁ」

 アカマタが、咳き込むと丸呑みして喉に詰まっていた。ゆでタマゴが勢いよく天井に向かって吐き出される。

 上体を起こすアカマタ。

「危なかった、もう少しで三途の川を渡って、話好きな奪衣婆だつえばの茶飲み相手を、させられるところだった……あのバアさん、話しはじめたら長いからな」

 立ち上がったアカマタは、さっきまで喉に詰まっていたゆでタマゴを拾い上げると、殻を剥いて食べる。

「朱蘭のヤツ、あれほど生と茹でたモノは、混ぜるなと言ったのに……オレを殺す気か……おかげで、朱蘭を作った時の懐かしい夢を見ちまったじゃねぇか」


 歩きはじめたアカマタは、足の小指にモノの角に激突したような痛みを感じて、のたうち回る。

「おぐあぁ! あの野郎! またワザと小指を!」

 アカマタは、この時間帯に朱蘭が掃除をしているはずの、本堂へと走った。


 本堂ではバラの香りがするゾンビ『朱蘭』が、エプロン姿で仏像を拭いていた。

「おい! 朱蘭!」

「あ、クソ坊主……まだ生きていた」

 斜めの縫合傷がある顔を、アカマタに向ける朱蘭。

「おまえ、今さっきワザと足の小指を何かの角にぶつけただろう!」

「こんな、具合にでスか」

 朱蘭が仏像を蹴ると、アカマタがのけぞり倒れる。

「ぐおぉぉぁ! だからそういうのはやめろ!」

「オレは、ぜんぜん痛くないスけれどね」

「おまえが受けた痛みは、全部オレに伝わってくるんだよ!」

「それじゃあ、こんなのはどうでス」

 本堂の柱に頭突きをする朱蘭、頭を押さえてその場にうずくまったアカマタは、同時に背面と後頭部にも強打の痛みを感じた。

「おごぉぉ! 朱蘭、きさまぁ!」

 朱蘭に目を向けたアカマタは、床に両目を見開いて仰向けで倒れている朱蘭の姿を見た。

「なんの冗談だ?」

 朱蘭を揺するアカマタ。

「ふざけているのか、おまえはゾンビだぞ、そんなに簡単に死ぬワケないだろう……おいっ、おいっ」

 揺すられた朱蘭の首がコトッと横を向く、朱蘭の口から白い液体が床に流れた。

「悪い冗談やめろ! 朱蘭! マジかよ」



 頭部を自分で本堂の柱に強打して、床に倒れた朱蘭は生前の記憶を夢で見ていた──殺し屋が集まるバーのカウンター席に、帽子をかぶった殺し屋姿の若い男が座っていた。

 童顔で高校生くらいに見える成人の、顔に斜めの縫合傷がある殺し屋──決して本名は語らず『クリアーパーツ』とだけ、殺し屋仲間に名乗っている若い殺し屋は、オレンジジュースを飲み。

 カウンターに置いた、タブレットに映っている人物と会話をしていた。

「その坊主を始末すればいいんだな」

《頼む、金ならいくらでも出す……もう助けてくれ》

 男の背後には、鉛色の肌をした三十センチほどの小鬼がとり憑いていた。

《インターネットで、赤い坊主と死人寺の悪口をちょっと書いただけなのに、こんな変なもんネット回線を使って送り込んできやがった……ひーっ》

 男に憑いた小鬼は、男の頬をツンツン指でつついている。

 クリアーパーツが、殺しの依頼をしてきた男に質問する。

「どのくらいの期間、坊主と寺の悪口を書き込んだんだ?」

《たいした期間じゃない……たった半年間、気分転換で、気が向いたら書き込むだけだ》

「毎日か?」

《朝から晩まで、毎日だ》

 クリアーパーツは、自業自得じゃねぇか……と、内心思いながらも依頼を受ける。

「わかった引き受けよう……前金で半額、オレの口座に振り込め。成功したら残りの半額……依頼を途中でキャンセルすると、キャンセル料が発生するからな」

《わかった……今、半額ネットから振り込んだ。早くあの坊主を殺してくれ! ひーっ!》

 小鬼にネット回線を切られた男の姿が、タブレットの画面から消える。


 椅子から立ち上がったクリアーパーツが呟く。

「殺し屋と言っても、オレの場合は、はりでターゲットの絡穴を刺して悪心をデトックスさせて改心させるだけだ……殺さなくても、小鬼から解放されれば問題解決だろう、もう回線が切れたから聞いていないか」

 地下のバーから外に出た、殺し屋は太陽のまぶしさに目を細める。

「今日もいい天気だ」

 信号がない横断歩道の路肩に立って、深めに帽子をかぶり直したクリアーパーツに向かって。

 横断歩道の反対側の路肩から、手を振っておいでおいでをしている。

 見た目は女子高校生の、成人女性がいるのにクリアーパーツは気づく。

 殺し屋同業者の『チョ・コレート』だった。

 コレートは何やらクリアーパーツに向かってしゃべっていた。

「なんて言っているんだ? ぜんぜん聞こえないぞ」

 クリアーパーツは信号機がない横断歩道を渡る、視界の端に迫ってくる巨大な物体が映った。

「へっ!?」

 優しい殺し屋の体は、ジョギングしてきた怪獣の爪先に弾き飛ばされ、空中をクルクルと舞って

道路に落下した。

 うつぶせで、道路に倒れたクリアーパーツの頭部から流れ出た血が、道路にモザイク仕様で広がっていく。

 反対側の歩道に立つ、ミルクチョコレート褐色肌の、チョ・コレートが拳銃型の水鉄砲から、液状化したチョコレートを口の中に発射しながら言った。

「殺し屋のくせに注意力散漫。あ~ぁ、信号機の無い交差点は左右を確認して渡らないと……げぼっ」

 即効凝固した、チョコレートを喉に詰まらせて、コレートは死んだ。

 クリアーパーツの肉体から、人魂が離れて死人寺の方向にフラフラ飛んでいく。

 本堂の柱に頭をぶつけて気絶して過去夢を見ている、朱蘭の頭の中に朱蘭の声で「リセットしてリボーンします」の声が

響いた。


 意識を取りもどした朱蘭は、心配そうに覗き込んでいる、アカマタの顔を見た。

「あっ、クソ坊主」

「大丈夫か、朱蘭……おまえ、ゾンビなのに意識を失っていたぞ……夢でも見たか?」

「見たような、見なかったような……覚えていないっスね」

「そうか、立てるか」

「なんとか」

 立ち上がった朱蘭に、アカマタが言った。

「今日はもう自分の部屋で休め、あとはオレがやっておくから」

「優しいんですね」

「ふんっ、雑務をする者がいなくなったら困るからな……さっさと部屋に行って休め」

「はいはい」

 朱蘭が本堂から去ると、アカマタは仏像を続けて磨く。

 アカマタが、黄金の仏像を磨いていると、本堂に微振が数秒間続いた。


 アカマタが言った。

「地中海賊の『キャプテン・レグホーン』のヤツ、また寺の下を掘っているな……そろそろ、地下を流れる川の渡し舟の購入資金で、頼まれて貸してやった金銭の催促でもするか……レグホーンのヤツ、帝になったら出世払いで返してやるとか妄言しているが……やれやれ、いつになるコトやら」

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