②デスボイスの風神姫
翌日──朝から真緒がいる魔王城『マオーガ』の敷地内にある断面火山からは噴煙があがり。幻獣のワイバーンやドラゴン、翼竜が仲良く飛び回っていた。
幻獣の森では、マンドラゴラ長老と村人と天使の青賀エルが、朝積みの人面野菜を収穫していて。
城を取り囲む高い塀外の青龍門近くでは、エプロン姿の星形悪魔インディゴが掃き掃除をしていた。
超古代文明自転車の黒烏号に乗って、レトロな牛乳配達をしている怪人ヒーローのモリブデン。
人間のそっくりな赤銅色で上半身裸の男性型アンドロイド形態になってトラックを徐行運転する、カッパーロボ『壱号』と。
ドーム型の頭で、ガスボンベのような胴体をしていて輪っかハサミで蛇腹アームの等身ロボット『弐号』と『参号』が資源物の回収をしている。
河原のマレットゴルフ場では、超人的な人間と怪人の高齢者が、超絶なテクニックの必殺技応酬で盛り上がっていて。
巨大怪獣と巨大ヒーローの子供たちが、仲良く地響きをあげながら登校していく。
いつも通りの平和な朝だった。
魔王城内の通路で、FM放送局のパーソナリティーを務める『天龍空彦』が番組の収録が終わり、カップベンダーでコーヒーを飲んでいると
、歩いてきた魔王真緒が話しかけてきた。
「いつも放送ご苦労さま」
空彦は、ぶっきらぼうに。
「おうっ」と、だけ返事を返す。
人間嫌いの空彦が唯一、心を開いているのは真緒だけだった。
エアー能力で作り出した見えない紙コップに入ったコーヒーを飲んでいる空彦の方から、珍しく真緒に質問をしてきた。
「一つ教えてくれ、閃光王女狐狸姫ってアニメの、風神姫ってどんなキャラだ?」
「どんなキャラって聞かれても、映画が初登場になる新キャラで情報少ないけれど……緑色のコスチュームで、風の森の姫さまで、ワケあり設定だとしか……あといろいろな風の技を使うよ」
「そうか、よくわからないキャラか……実はオレには一人、妹がいてな。その妹が後学のためにFM放送のスタジオを見学したいと……んっ!? もう来た」
空彦の視線の先には、通路をこちらに向かって歩いてくる。緑色のコスプレをした女子高校生の姿があった。
無言で歩いてきた女子高校生は、真緒と空彦の前で立ち止まると。
真緒に対して一礼をした。
空彦が真緒に言った。
「オレの妹の『天龍
「えっ、君が風神姫役の声優さん、すごいね」
未完は持っていたスケッチブックに、さらさらと文字を書いて真緒に見せた。
[クソうるせぇよ、魔王のヲタク息子]
「えっ!?」
苦笑しながら空彦が真緒に言った。
「悪気はないんだ、気を悪くしないでくれ……おい、未完。本音が出ているぞ」
指摘されて慌てて書き直す未完。
[はじめまして、真緒さま……風神姫の役、精一杯がんばります。きゃぴ]
いつもの、のほほんとした顔で真緒は未完に挨拶を返す。
「こちらこそ、アフレコがんばってね」
[ふっ、ちょろいぜ魔王の息子]
未完は慌てて本音を横線で消すと。
[はい、がんばります応援してください、きゃぴ]と、書いて真緒に見せる。
真緒が空彦に質問する。
「やっぱり、声帯をいたわって声を出さないの?」
「それもあるが、未完の声は普段の表声と、アニメ用の裏声があって使い分けていてな……〝なりきりの能力〟を使う時は裏声だ、いつもは力を抑えている」
「〝なりきりの能力〟って?」
「妹は思い込みが激しくて、その役になりきると同じ力を使えるようになるんだよ……未完はオレと違って、表向きは人間好きだからな……未完が裏声で話している時は気を付けろ、何か企んでいる」
「???」
天龍未完──接するには、いろいろと複雑な人間のようだ。
真緒が未完に言った。
「少しだけ、君の声を聞きたいな」
うなづいた未完が、スウーッと息を吸い込むと、デスボイスで絶叫した。
「アガアァァァァァ! ごれがぁ、あだじの表ごえぇ!」
少し驚く真緒。
「スゴい、デス声!?」
説明する空彦。
「未完はデスメタルバンドで、ボーカルもやっているからな……未完、裏声も聞かせてやってくれ」
未完の声質が激変して、アニメ声に変わる。
「これが、あたしの営業……もとい、アフレコ声です、きゃぴ」
「かわいい声だね、人間が好きなの?」
「はい、大好きですよ……だって」
未完は営業スマイルで、悪意のこもった言葉を発する。
「堕落していく、クズの人生を観察するのって楽しいじゃないですか……夏休みの観察日記みたいで……あっ、今の発言はカットで。他人に喋ったらどうなるか……わかっているだろうな」
天龍未完は、偽りの人間好きだった。
普通の人間だったら、蒼白になる未完の恫喝に近い言葉を聞いても、真緒はいつも通りに答える。
「うん、誰にも言わない」
その日の穏やかな午後──公園でテントを張って、生活している『灼熱雷太』が、のそのそとテントから出てきた。
「もう昼過ぎか、少し寝過ぎたな」
雑草で作った腰ミノだけの雷太は、原始人のように火を起こすと。
棒串に刺したボンレスハムを丸ごと焼きはじめた。
「うほっ、うほっ」
すでに思考が原始人に近くなってきている雷太は、焼いたボンレスハムを食べ終わると。
昨日からの作業を再開した。雷太は太い丸太を削って自作の木製バットを作っていた。
雷太はバットを作っていると言い張っているが、どう見ても原始人が狩りに使う棍棒だった。
石器で削り終えた木製バットを、眺める雷太。
「なんか、骨付きの鶏肉みたいな形になったけれど、まっいいか」
完成した棍棒をブンブン振り回しながら、雷太は思った。
(あれ? オレなんのためにコレ作っていたんだっけ?)
灼熱雷太は、真緒に野球勝負を挑む目的で、木製バットを作っていたコトを完全に忘れていた。
別の場所では、老勇者メッキが駄菓子屋の前にいる子供相手に、本気で駄菓子を奪おうとしていた。
「その菓子、オレによこせ! シールとかカードのオマケはいらん」
以前、カードとかシールを集めている子供から、簡単に菓子をもらえた経験に味をしめた勇者メッキは、愛用の木の棒を子供に突きつきて駄菓子を要求する。
「オレは異世界の勇者さまだぞ! 偉いんだぞ! 菓子よこせ腹減っているんだ」
子供たちは、輪になってヒソヒソと何やら相談するとメッキに向かって言った。
「オレたちと戦って勝ったら、菓子やるよ」
子供たちの姿が男女を含めて次々と怪人化する──ベキッ、ボキッ、ベキッ。
アルマジロ怪人
ピラニア怪人
フクロウ怪人
水牛怪人
クワガタ怪人
ビビる勇者メッキ。
「老人相手に、怪人化は卑怯だぞ!」
「子供から駄菓子を奪う大人の方が、もっと卑怯だ! 勝負!」
数分後──子供からボコッボコッにされたメッキが、寿命が尽きそうな夏ゼミのように、道でジィジィジィと蠢く。
メッキを倒した子供の一人が、レジ袋に入った駄菓子を倒れたメッキの近くに置く。
「ほらよ、駄菓子わけてやるよ」
「また遊ぼうな、勇者メッキ」
怪人の子供たちが去っていくと、メッキは片手を伸ばしてレジ袋をつかんで。
「チッ」と小さな舌打ちをした。
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