⑦【夢の世界】〔1〕

 夢の山脈──青い空に映える白い雪山。山の前に埋め尽くすほど群がる黒夢羊の大群。

 ここまでのステージを通過してきて、残っている夢組は四人。

 魔王真緒。

 七色夢太郎。

 黒金のビスマス。

 ラララ・ラーテル。

 

 黒い夢羊たちが、山の方に集まる。

 黒雲が山の反対側から沸き上がり、雲の中から巨大な夢太郎とブラック・サンが融合したような夢巨人が現れた。

 裂けた口の中に牙が生えた夢太郎の頭と、凶悪なブラック・サンの頭を持つ二頭の巨人。


 片方の肩から横腹がブラック・サンの黒羊の体で、片足も羊の足の醜悪な容姿の巨人が山を越えてきて、真緒たちの前に立ちはだかる。

 夢太郎が言った。

「血姫が復活させた夢巨人と誰かが戦わないと、先へは進ませてくれないみたいだね」

 時計の長針がまた進む。

 しゃがみ込んで、震えているビスマスの肩に夢太郎が優しく触れながら言った。

「立ってください、ここはボクとビスマスさんで……」

 ビスマスが、首を横に振る。

「オレなんかダメだよ、ポエム好きで、怪力しか能がなくて。怖がりのロボットなんて……空も飛べないし、正直なぜココにいるのかさえもわからない」

 真緒が言った。

「ビスマスさんは必要だから、選ばれてココにいるんですよ……ボクを助けてください」

 真緒の顔をジッと見ていた、ビスマスが立ち上がると即興で作ったポエムを口ずさむ。

「『オイルまみれのハートに響く優しき声、オレでもいいんですか? そんな疑問の歯車さえも包み込む魔王の息子の笑顔に涙する』……うおぉぉぉ!」

 夢太郎も巨大化して、スレッジハンマーの柄を握りしめながら、真緒に言った。

「真緒くん、最終ステージに行って……必ず果実ちゃんを救ってあげて」

 黒金のビスマスの渾身の一撃が、夢巨人の顔面に炸裂する。

「ビスマスパーンチィィ!」

 夢巨人の顔は、ビスマスの拳でグニャリと変形した。



 夢の【捕らわれ屋敷】──真緒とラララ・ラーテルは、ついに暗闇果実が捕らえられている西洋屋敷の門前に到達した。

 ここには、黒い夢羊はいない。

 ラララ・ラーテルが尖った鉄柵の門を見ながら、小袋に入ったバターピーナツを空中に放り投げて口でキャッチする。

 紺色の法被を着た、ラララ・ラーテルが言った。

「なんだかんだで、最後まで残っちゃったな……まぁ、あたしが選ばれたのも何か意味があるんだろうけれど」

 鉄柵の門が開いて、どこからか血姫の声が聞こえてきた。

《よく、ここまで辿り着いたわね……そのコトは誉めてあげる。現実世界の分身が屁を浴びせられた屈辱を晴らす! 特別な罠を用意したから……暗闇果実を本気で助けたかったら屋敷の中にどうぞ》


 ラララ・ラーテルが、現実世界で桜菓から持っていくように渡された、巾着袋の口を緩めて中身を確認する。

 巾着袋の中には煎った大豆が入っていた。

「う~ん、これはいったい?」

 渡された大豆の意味を考えているラララ・ラーテルに真緒が言った。

「とりあえず、屋敷の中に入ろうよ」

 カチッと空に浮かぶアナログ目覚まし時計の長針が動く……残り数分。


 屋敷に入ると、矢印が果実がいる場所までを示していた。

 血姫の声が聞こえてきた。

《その矢印に従って進め……ふふっ、せいぜい屋敷内に放った、夢の魔獣に食われないようにな》

 真緒が、屋敷内のどこかにいる血姫本体に質問する。

「夢の魔獣ってどんなの? 何匹いるの? 獰猛な魔獣なの? 血姫さん教えて」

《ビビったか、魔獣は一匹……夢の世界に漂っていた、悪夢の断片を練り合わせて誕生した。ゾウとバッタとトラの夢の合成魔獣……その名も『ゾバットラ』……獰猛な魔獣だと思う……たぶん、怖かったら屋敷から逃げてもいいんだぞ》

「ううん、逃げないよ……果実を助けるまでは」

《そ、そう……まぁ、ガンバって》

 血姫の声が聞こえなくなり直前、マイクのスイッチを切り忘れた感じで。誰かに向かってしゃべっている声が聞こえてきた。

《ちょっと、魔王真緒って、全然ビビっていないじゃない……いつも、あんな、のほほんとした感じなの? ありゃ、果実も苦労する……あっ、いけねぇ》

 パチッとスイッチが切れるような音がして、屋敷内は沈黙した。


 頭を掻くラララ・ラーテル。

「えーと、とりあえず先へ進むか」

 通路を歩きながら、真緒がラーテルに訊ねる。

「ねぇ、ラーテルさんの悪の組織って普段は、どんな活動しているの?」

「怪人を使って洗濯物のポケットにティシュを入れたり……田舎の道に、戦闘員を使って軍手とか、中身が半分入ったペットボトル落としておいてみたり」

「すごいね、洗濯物のポケットにティシュ入っていたの、ラーテルさんの組織の仕業だったんだ」


 そんな話しをしながら歩いていると、通路に四角い穴が開いていて、子供のゾウの鼻が出ていた。

 ラララ・ラーテルが言った。

「えーと、もしかして。この落とし穴に落ちているのが魔獣?」

 真緒が穴に近づいて、鼻の先を撫でると。魔獣は人懐っこそうに鼻を真緒の腕に絡めてきた。

「この子、穴から引っ張り上げて助けてあげようよ……悪い子じゃなさそうだよ」

 穴から引っ張り上げられた魔獣は確かに。

 ゾウの頭と胴体。

 トラの手足と尻尾。

 バッタの羽を生やして、胴体のまん中にバッタの後ろ足がついている魔獣だった。

 ラララ・ラーテルが魔獣を見て言った。

「目は猫科動物の目だな」

 真緒に体を擦り寄せてくる、魔獣ゾバットラが甘えた声で鳴く。

「ニャアァァァ」

 その鳴き声にラララ・ラーテルは唖然とする。

「もしかして、トラじゃなくてネコ!?」


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