第二章・マオマオくんの夢の世界の住人たちと人間嫌いな特殊異能力者

①すべては夢の中に

 ここは、魔王真緒の頭の中に広がる夢の平原──空にはマオマオくん、いち推しのアニメ『閃光王女狐狸姫』の大小さまざまな頭が浮かび。

 サボテンのような植物にも狐狸姫の顔、山にも狐狸姫、あちらこちらに狐狸姫の姿がある完全な真緒の推し世界が広がっていた。


 その夢の世界に腕組みをして一人で立ち、空を流れていく狐狸姫の顔雲を眺めている夢世界の住人がいた。

 魔王真緒の夢世界を幼い頃から守り続けている、夢のヒーロー『七色夢太郎』

 体が半身別に赤と黒に色分けされていて、それぞれの半身に黒と赤の渦巻き模様や唐草模様が反転した形で浮かんでいる。

 赤い半身側には、黒い渦巻きと唐草模様が。

 黒い半身側には、赤い渦巻きと唐草模様がある。

 ただ、顔面の回転している渦巻き模様だけは、半身の領域ごとに赤になったり黒くなったりしている。


 いきなり、夢太郎の顔面が四方向に裂けるようにパカッと開き、中から真緒の夢の世界で生み出された、アニマの暗闇果実の顔が現れた。

 アニマの暗闇果実が、夢太郎の顔からズズズッと、胸の谷間が見える位置くらいまで外に露出してくる。

 両腕は夢太郎の顔の中に残したまま、両肩を露出させたアニマの果実は服を着ていない。

 夢アニマの暗闇果実が言った。

「ねぇ、現実世界のあたし……また、自分の夢の世界に自己逃避してきているよ」

 夢太郎が答える。

「みたいだね」

「現実世界の真緒さまの、お世話に心身お疲れみたい」

「今、夢のどの領域にいる?」

「例の『夢鬼』たちの領域……そこに果実が自分で作り出した、ファストフード店と飲食店を組み合わせたような店に一人で来ている……『鬼天河血姫』が接客している店」

「それは、あまり良い状態じゃないな」

「アニマのあたしは、現実世界の果実には何も言えないから……あとは、夢太郎に任せる」

 そう言い残すと、アニマの暗闇果実は夢太郎の顔の中にもどり、四方に裂けていた夢太郎の顔の皮も元にもどった。

 夢太郎は、狐狸姫の顔雲を眺めながら呟く。

「悪いコトが起こらなければいいけれど」



 夜になり、今夜も眠りに落ちた暗闇果実は、いつもの夢のファストフード店にやって来た。

 草原にポツンとある、不思議なファストフード店だった。

 ドアを開けて中に入ると、ファストフード店のカウンターと飲食店のカウンター席を合わせたような不思議な場所の椅子に、果実はいつものように座る。

 カウンターの中には、なぜか回転寿司のコンベアーが回り、皿に乗った変なモノを流れている。

 カウンターの中に、いつもいる夢世界のファストフード店員の女の子が、明るい声で果実に言った。

「いらっしゃい、今夜は何にします?」

 鬼の角、カッパの皿、カラス天狗のクチバシ鼻の目元と鼻先を覆う仮面。

 夢鬼と夢天狗と夢カッパの三種混合種族の『鬼天河血姫きてんがわ ちひめ』に、向かって疲れた口調で言った。

「いつもの……赤いヤツ、それと何か適当に食べるモノを」


 果実の前に血のように真っ赤な液体が入ったグラスと、皿に乗った小さなスライム寿司を血姫は置く。

 握った寿司飯の上にプルプル震える、緑色のスライムが乗せられた。

スライム寿司を摘まんで口に運び、赤い液体を味わう果実。

 回転寿司のラインを流れていく、小さなカッパが巻かれた『リアルカッパ巻き』や。

 海苔を帯のように巻かれ握りに乗せられたミニチュアの生きている『人魚軍艦』が、皿の上でキーキー鳴きながら流れていくのを眺めながら果実は。

(やっぱり、夢だな……)と思った。


 果実がヤケ飲みのような感じで、一気に赤い液体を飲み干したのを見た血姫が、グラスに赤い液体を注ぎながら果実に訊ねる。

「どうしたの? 今夜はまた一段と荒れた飲み方しているじゃない……現実世界で、また魔王の息子の世話での悩みごと?」

 赤い液体を飲み、串刺しになってモザイク処理をされた、得体が知れないモノをかじりながら果実が言った。

「そうなのよ……いつものコトなんだけれど、夢の中で愚痴らせてくれる」


 夢の中で、日頃の鬱憤うっぷんを吐き出す果実の言葉を、血姫は相づちを打ちながら聞く。

「それでねぇ、真緒のヤツったら学校に遅刻しそうだってのに、商店街の中に貼ってある狐狸姫のポスターを五分間以上も眺めているのよ……同じモノを何枚も立ち止まって」

「それは、大変ねぇ」

 底に残っていた赤い液体を飲み干した果実が、タメ息混じりに漏らす。

「あたし、ずっと夢世界の住人になっちゃおうかな……目覚めたくない」

 その言葉を聞いた血姫の目が、怪しい輝きを放つ。

 ファストフード店の制服を着た、鬼天河血姫が果実に言った。

「じゃあ、現実世界の果実の体……あたしに、ちょうだい」



 現実世界『魔王城』──登校前の朝食をとっている真緒が、メイドの瑠璃子に聞いた。

「果実は、まだ具合が悪いの?」

 ここ数日間、いつも魔王城まで真緒を迎えに来てくれる。

 暗闇果実は、数日前から学校を休んでいた。

 放屁ゾリラ怪人の瑠璃子が言った。

「ずっと部屋に、巣ごもり状態みたいですよ」

「どうしたんだろう?」

 狐狸姫のアニメイラストが、焦げ目プリントされたトーストを食べている真緒のところに、執事でナゲナワグモ怪人の荒船・ガーネットがやって来て言った。

「真緒さま、ご友人の満丸さまが。門外にお迎えで来ています」

「今日の、登校持ち回りは満丸くんか……わかった、すぐ行く」

 真緒は、海斗や満丸が迎えに来る時は、すぐに門に向かい果実が迎えに来る時は、少しグズグズして果実を怒らせる。


 魔王城、敷地内の専用平面電磁レールの上を浮かぶホバーボードに乗って、移動してきた真緒は門外で待っていた戦闘員見習いの満丸に言った。

「おはよう、満丸くん」

 ほぼ、球体体質の灰鷹満丸が挨拶する。

「おはよう、真緒くん」

 真緒の横を、学校まで転がっていく満丸が言った。

「そういえば昨日、果実ちゃん街で見たよ……ゲームセンターと、大食い食堂で」

「果実、病気じゃなかったの? 巣ごもっているって聞いたけれど」


 真緒と満丸が歩いている歩道の横には、真緒の登下校専用に建設されたライナー線路があり。

 今は、学生たちが登下校に利用している。

 流線型の車体の窓から、人間や怪人の姿で真緒に向かって手を振っている生徒たちに、真緒も手を振って応える。

 転がりながら満丸が言った。

「果実ちゃん普段着で、別人のような表情でメチャクチャ。ゲーム楽しんでいたり、幸せそうな顔で山盛りの料理食べていた……あんな、果実ちゃん初めて見た。でも不思議なんだ」

「何が?」

「ボクが話しかけても、果実ちゃん知らん顔していた……他人を見るような目で」

「う~ん、どうしちゃったんだろう果実?」

 巨大ロボットや怪獣の会社員が、建物の間を通勤していく。


 真緒と満丸は、通学途中の銀鮫海斗と合流した。

「よっ! マオマオ、おはよう」

 サメの背ビレを生やして、下顎が回転ノコギリみたいに丸まった変わったサメ頭部の部分怪人化した、海斗が真緒に手を挙げて挨拶する。

「おはよう、海斗……今日は変わったサメ怪人だね?」

「古代ザメ、ヘリコプリオンの怪人頭部だ。たまには変化をつけてみようと思ってな……似合っているか?」

「うん、とっても似合っているよ」

 海斗の顔が、背ビレをそのままに人間の顔にもどる。

 三人で並んで歩きながら、海斗が真緒に言った。

「ちょっと変な噂を聞いた、果実が手当たり次第に強そうな人間を倒しているとか……プロレスラーとか、ボクサーとか、反社会的な集団とかを」

「えっ!? 果実が?」

「倒した相手に決まって『この世界で一番強いヤツは誰だ!』って質問して、やられた相手が決まって真緒の名を口にすると」

「ボク、強くなんかないよ」

「黙って最後まで聞け、真緒の名前を聞いた果実は『魔王の息子を倒せば、この世界の支配者になれるんだな』……って言っていたそうだ」

 真緒が。

「え────っ」

 と、いった顔をする。

「ボクなんかより、スゴくて強い人たくさんいるよ。狂介さんとか、モリブデンさんとか、音恩さんとか……魔王城内のFM放送局、番組のパーソナリティーしている『天龍空彦』さんのエアー能力も、実際に見たらスゴいんだから」

「いやいや、真緒。おまえ、自分で気づいていないだけで。本気出したら異様に強いから」

 海斗は、子供の頃に一緒に遊んだ真緒が、メンコやベーゴマを進化させた玩具でテレビCMみたいな、必殺技を本当に発動させている場面を何度も目撃している。


 高速回転するコマの玩具が本当に炎に包まれたり、冷気を放出して氷のコマになったり。

 真緒が放ったメンコ玩具の衝撃波で、地面がえぐれたり、竜巻が起こったのも海斗は見た。

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