②いろいろな人たち
『緋色軒』もしくは『緋色亭』──開店準備をしていた極神狂介は、時々耳の穴を指でほじくっていた。
店の中には、開店準備をしている緋色と魔女・桜果の姿もある。
しきりに耳の穴を、指でほじくっている狂介に、テーブルを拭いている銀河探偵助手の緋色が訊ねる。
「どうしたの? さっきから耳の穴ばかり、ほじくって?」
「なんか、耳の奥がムズムズするんだよ……ところで、メッキのヤツは朝から姿が見えないけれど?」
花瓶に生花を飾りながら、桜菓が言った。
「へたれ勇者は、パチンコに行った……今ごろは、パチンコ店の整理券列に並んでいると思う」
「大丈夫か? メッキのヤツ、列に割り込んだりは……」
額に中華魔術の呪符を貼り、和洋中華折衷の魔女・桜菓が少し厳しい口調で言った。
「しないと思う、それやったら腰痛持ちのジジイに変わるから……ルールは守るように言ってある」
三人が開店前の準備をしていると、店の扉が開き。ショッキングピンクの和甲冑を着た男が顔を覗かせた。
男の背後には、ピンク色の鬼火が二つオプションで浮かんでいる。
ディランの『ショッキング・パパ』が店内にいる緋色に訊ねる。
「もう、開店している?」
「すみません、パパさん今日は早朝営業日じゃないので」
店の常連客のショッキング・パパは、表の貼り紙を確認して頭を掻く。
「あ、曜日を勘違いしていた……夜勤明けだったもので」
「大変ですね、墓場の警備も」
「そうなんだよ、夜の墓場は警備で歩き回っていても不気味で……誰かにギュッとハグしてもらいたくなる」
ショッキング・パパの面具から覗く目が、ピンク色に輝いたのを見た桜菓は。
腰ベルトの薬草ケースの中から、薄く切った。赤い渦巻き模様のナルトをこっそり一枚取り出して口に入れる。
白い煙と共に太ったおばさん姿の桜菓が現れた。
実は桜菓は、簡単に解けなかった自分にかけた呪いも、メッキには内緒だったが研究を続けていて完全に解いていた。
今は都合次第で、若い娘の姿になったり。太った熟女姿になったりしている。
ショッキング・バパが緋色に甘い声で囁く。
「生き別れのパパだよ……おいで」
緋色の手から、テーブルを拭いていた布が落ちて。涙を流しながらショッキング・パパに走り寄って抱きつく。
「パパァァァ! 逢いたかった!」
「よし、よし、いい娘だ……いっぱい、パパに抱きついて甘えなさい」
ショッキング・パパに抱きついていた緋色は「はっ!?」と我に返って慌ててショッキング・パパから離れる。
「また、あの能力を使って! あたし、パパさんの娘じゃありません!」
ショッキング・パパは、他人に自分が父親だと思わせるコトができる。
緋色が離れたショッキング・パパが両目を弧にして言った。
「また、朝の定食食べに来るから……その時は、よろしく」
そう言い残して、ショッキング・パパは、オプションの鬼火を引き連れて緋色亭を去った。
耳の穴を指でほじくりながら狂介が言った。
「ショッキング・パパの誰でも、父親だと思い込ませるあの能力は、厄介だな……なにか、耳の奥に柔らかいモノが?」
狂介の耳の穴から、真っ黒な腕がニュッと出てきた。
驚く緋色。
「うわっ!? 狂介の耳の穴から黒い腕が?」
黒い片腕に続いて、夢太郎の頭と、斜め体が狂介の耳の穴からニュッッと出てきた。
狂介の耳の穴から出てきた、七色夢太郎が言った。
「耳の穴から、失礼しま~す」
狂介は悲鳴を発した。
「うわあぁぁぁ!!」
その夜──魔王城内にあるFM放送局のスタジオで、パーソナリティーを務める『天龍空彦』の番組がオンエアされていた。
「てめぇら! 今夜も最後まで聴いてくれてありがとうな! ひとつだけ約束してくれ、自暴自棄起こして人生台無しにするんじゃねぇぞ! オレも明日もヤケ起こさねぇように頑張るから……最後にオレの即興歌を聴きながらお別れだ、いい夢見な! クソ人間」
何もない空彦の手の中から、エアーギターの音が聞こえ。
空彦の即興歌で、今夜の空彦の番組は終了した。
スタジオを出て、通路でカップベンダーの飲み物を飲んでいた空彦に、通路のソファに座っていた真緒が話しかけてきた。
「お疲れさま、今夜も良かったよ」
空彦は、エアーカップに入った飲み物を飲みながら真緒に言った。
「オレは、おぞましい人間が大嫌いだからな……くたばれ、人間……この、性格は絶対に変えないからな……変えたらオレが、オレでなくなっちまう……これが、オレのステータスだ」
液体がカップの形に手の中に浮かぶ、エアーカップに入った飲み物を飲む人間嫌いの天龍空彦。
空彦は、さらに話しを続ける。
「子供のころから、人間の醜い部分ばかり見えてしかたがなかった……いいところを探そうと努力もしたがムリだった……ゴキブリを嫌いな人間が、ムリしてゴキブリを好きになれるか? ムリだろう……それと、同じだ」
真緒が、のほほんとした顔で言った。
「うん、嫌いなモノをムリして好きにならなくてもいいよ……でも、ボクのクラスにゴキブリ怪人の女の子がいるから、その娘のコトは嫌いにならないであげて……空彦さんのラジオ番組のリスナーで、ちょくちょく番組に投稿もしているから」
エアーカップに入った飲み物を、飲み干した空彦が言った。
「魔王真緒……不思議なヤツだな、魔王の息子だから。オレが嫌っている人間とは違う」
数ヵ月前、無職だった空彦は気持ちが荒れていた。
元々、人間のおぞましさを見て育ってきた男で、歪んだ感覚を持ち合わせていた。
空色のフードパーカーを着て、イラつきながら夜の街を彷徨いていた空彦の目に、イルミネーションが輝く魔王城が映った。
(金持ちの魔王の息子、なんか気に入らねぇ……誰でも構わねぇ)
闇落ちして、エアーナイフを握りしめた空彦の足は魔王城に向かっていた。
魔王城のセキュリティを、エアー忍者になってくぐり抜け。
エアーナイフを握りしめた空彦は、真緒がいる魔王城への侵入に成功した。
そして、通路でバッタリと真緒に会った。
空彦を見た真緒の第一声は。
「あれっ? お客さんですか?」だった。
魔王の息子をエアーナイフで刺そうとしていた空彦のところに、天井に張りついたクモ怪人で執事の荒船・ガーネットと、白黒の放屁怪人化したメイドの瑠璃子が駆けつける。
クモの単眼を赤く光らせて天井の荒船・ガーネットが言った。
「おケガはありませんか? 真緒さま、真緒さまから離れろ! 侵入者!」
放屁ゾリラ怪人の瑠璃子が、尻尾を上げて放屁体勢に入る。
「どうやって、セキュリティをくぐって城の奥まで! 真緒さま、その男は危険です!」
自暴自棄になっていた
空彦のエアー武器は、空彦次第で実際に殺傷力が
ある。
真緒に向かってエアーナイフの切っ先を向けた空彦の胃が空腹で「グピィィイ」と、鳴った。
あまりにも可愛らしい音に、その場の緊迫していた雰囲気がゆるむ。
真緒が空彦に、のほほんの笑顔で言った。
「お腹空いていたら、一緒にご飯食べない? ボクこれから夕食なんだ」
一瞬キョトンとした空彦は、腹を鳴らしながら大笑いをした。
数分後──真緒と空彦は一緒に食事をして、空彦は仕事が見つからなくてイラついていたと、マオマオに言うと。
真緒は空彦に意外な提案をしてきた。
「空彦さんが良かったら……魔王城内にあるラジオ放送局のパーソナリティーやってみない? 空彦さんならできると思うんだ」
「未経験のオレがラジオ番組を? 魔王の息子、イカれているな」
「そうかな? 荒船さん、いいでしょう……ちょうど、新番組のパーソナリティーを探していたから」
「真緒さまが、そうおっしゃるのでしたら……異存はありません」
そして、空彦はラジオ番組のパーソナリティーとして現在に至っている。
回想の終わった空彦が、空色のフードを頭から被り真緒に背を向けて歩きながら言った。
「人間嫌いのオレだけど、仕事が見つからなかったオレにラジオの仕事を世話してくれた。
魔王真緒には感謝している……あのままだったら、人生踏み外していたからな……何かあったら強力してやるよ、オレのエアー能力が必要なら言ってくれ」
そう言って、片手を上げて去っていく空色の後ろに現れたエアー彼女が、真緒に向かって頭をペコリと下げると、空彦の後を追っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます