⑤ 第一章・ラスト
春髷市大熱唱大会が開始された。
鐘を鳴らすのは、執事の荒船・ガーネット。
司会は、緋色と桜菓。
審査員は、真緒と瑠璃子と喫茶店のおやっさんだった。
一番手は、夜店で売っている銀色のヒーローお面で顔を隠した……匿名希望の極神狂介だった。
「アノマノカリス座番、匿名希望のヒーロー……即興歌『緋色こずかい上げろ』♪緋色、こずかい上げろ、こずかいあげろ! こずかい上げろぅぅ!♪」
司会役の緋色がスタスタと鐘に近づくと。
カ──────ンと木槌で鐘を一回叩いて鳴らす。
鐘の音を聞いた狂介は、舌打ちをしてステージの後ろに並べられた椅子に座る。
参加者の熱唱が続き、鐘の音がアリーナに鳴り響く。
「南のコウモリ座番……暗闇果実、歌います『十六夜コウモリ』」
「ロケットパンチ座番……暁のビネガロンと、その場限りのユニット・地獄シスターズ&ブラザーズ『住めば極楽地獄道』歌うぜぇ!
おまえの行く道地獄道! オレの行く道、地獄道♪」
「シュモクザメ座番、銀鮫海斗……『仮面デルナー』♪」
次々と熱唱が続く。熱唱大会では、番号の代わりにナンバーで分類された星座で歌う順番が決められていた。
「千両箱座番……新橋博士、♪カネカネカネ! カネをくれぇ!」
「ホシバナモグラ座番……地中海賊、キャプテン・レグホーン……歌うはオリジナル曲『京紫の君に愛を込めて』えーっ」
レグホーンが歌いはじめる前に地面から飛び出してきた、京紫の君が荒船から奪った木槌で鐘を一回鳴らして、着地と同時に地面に沈み消えた。
表のステージで熱唱が繰り返されていた頃、ステージ裏の解除装置が置かれた部屋では大変なコトが起きていた。
「そこをどきなさい……その機械は壊すべきよ、どうして邪魔をするの」
金属の大根を手にして、頭に鳥の巣を乗せたた金城ミノスが解除装置の前に立つ、擬人化したフレッシュ三世に向かって言った。
「あなただって人間の姿なら、美味しいモノをたくさん食べられるのよ」
装置の近くには、倒れたズ子を介抱している、擬人化した眼鏡かけ直し君がオロオロしている。
装置への電気エネルギー充填が終了した、白銀クィーンは、立ち眩みを起こした黒井キングと一緒に客席にいる。
フレッシュが低い声でミノスに言った。
「ズ子が一生懸命作っていた装置を、オレは守る」
フレッシュ三世は、フタを開けたネコ缶の特殊なエサを食べた。
貧相な体から白い蒸気のようなモノが溢れ、見る見る筋骨たくましい男性の体へと変貌していく。
「はぁぁぁぁぁぁぁ、こぉぉぉ……にゃたぁ!」
ビン底眼鏡を外した、フレッシュが言った。
「筋骨隆々、闘気満々、かかってこい」
ミノスは手にした大根を横に構えて言った。
「あたしは地面から生えているモノなら、引き抜いて何でも金属化させて刀剣に変えるコトができる……大根でも、ゴボウでも、ニンジンでも、長ネギでも……こんな風に」
ミノスが大根を鞘から剣を抜くように横に引くと、中から幅広の大根剣が現れる。
互いに突進するフレッシュの拳とミノスの剣──スレ違い、フレッシュの革パンツが剣で斬り裂かれ、ブーツと縦縞パンツだけの半裸体になるフレッシュ。
「にゃごぉぉ!?」
フレッシュは、そのまま床に倒れた。
薄目を開けて見ていたズ子が、倒されたフレッシュに向かって片手を伸ばして言った。
「フレッシュ……あんた、人間のモノが横からちょい見えでチュ」
大根剣を手に、装置を破壊しようと近づくミノスの前に装置を守るように、今度はピョコンと跳ねてきた狐狸姫の抱き枕が立ちはだかる。
ミノスが言った。
「どきなさい、具現化した、あなたには関係ないでしょう」
弱々しい声で抱き枕が言った。
「確かに関係ねぇよ……今夜も、あのキモヲタクに抱かれると思うとゾッとする……だけどな、アイツが一生懸命準備してきたコトなんだ……守るしかねぇだろう」
「バカね……もうすぐ、無言の抱き枕にもどるのに……どいつも、こいつもバカばかり……あたしも、その一人か」
大根の剣を大根の鞘にもどしたミノスは、抱き枕に背を向けて言った。
「せいぜい、真緒にベットで抱かれなさい……あたしは、擬人化が解ければ刃物にもどって暗い引き出しの中。
せめて、熱唱大会の様子でも客席で見学して目に焼きつけておくわ」
そう言って、ミノスは去って行った。
ミノスの姿が見えなくなると、ズ子が介抱してくれている眼鏡かけ直し君に言った。
「装置の赤いボタンを押すでチュ」
かけ直し君が言われた通りにボタンを押すと、擬人化解除の光線が装置から拡散され、アリーナにいた擬人化者は次々と本来の姿にもどった。
熱唱大会終了後──真緒は、解除装置がある部屋にやって来た。
部屋の中には、少し破損して煙が昇っている解除装置と、その近くに転がる抱き枕。
ハムスターの姿にもどった鉛谷ズ子と、ネコの姿にもどって倒れているフレッシュ三世。
小型ロボットの眼鏡かけ直し君は、白玉栗夢を探してどこかへ行ってしまったらしい。
微笑むイラストがプリントされていて、しゃべらなくなった抱き枕を抱えている真緒にズ子が言った。
「優しく抱き締めて、大切にするでチュ……彼女が装置を守ってくれたでチュ」
ズ子の言葉に、うなづく真緒。
部屋の入り口から金城ミノスの声が聞こえてきた。
「なぜだか、わからないけれど……解除光線を浴びても、あたしは人間の姿のままで刃物にもどらなかった。
この姿で引き出しに出入りするのも面倒だから、魔王城に住むわ……いいわね真緒」
マオマオは、にっこりと微笑みながら。
「いいよ」と、言った。
誰もいなくなった熱唱大会の客席では、蒼穹テラ美が一人、アイスキャンディをナメながらステージを眺めて呟いていた。
「金城ミノスは、擬人化が解けても人間の姿のままか……あたしと同じだね、生け贄用の刃物に宿った想いが相当強かったのか……それとも、マオマオくんの、母親のお土産に対する想いが強かったのか……あっ、溶けたアイスの中から恐竜が出てきたラッキー♪ あっ、目にゴミが涙が止まらない、やたらと喉も渇く」
マオマオくんの世界は、今日もすこぶる平和です。
第一章【天才ハムスターの擬人化光線としゃべるアニメ抱き枕と大熱唱大会】~おわり~
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