④ 春髷市大熱唱大会


 ズ子の作業部屋から、自分の部屋に移った真緒は、夜になると燐光する閃光王女狐狸姫のパジャマに早々に着替えて。

 ベットに体を横たえ、アニメキャラの抱き枕に抱きついていた。

 部屋の中は、閃光王女狐狸姫のグッズだらけで、突き抜けになっている隣の部屋と、その隣の部屋もグッズで溢れている。

 横臥した真緒は、狐狸姫の抱き枕に話しかける。

「君、本当にしゃべれるの? 荒船さんや、瑠璃子さんが言うみたいにしゃべれるの? 何か話してみて」

 抱き枕は何もしゃべらない──真緒は少し強めに抱き枕をハグした……ムギュゥゥ。


 プリントされている狐狸姫の表情が、嫌悪の表情に変わり、枕がしゃべりはじめる。

「触るな! 抱きつくな! 離れろ! キモいんだよ!」

「本当にしゃべった、なんか狐狸姫のキャラとイメージが違うね?」

「知らねえよぅ、このイケメンのキモオタクが! 抱きつくなよ! おまえからはオタク臭が漂ってくるんだよ!」

「あっ、ごめん」

 抱き枕から離れる真緒。

「まったくなんだよ、この部屋は……なんで、おまえにベットで抱かれなきゃいけねぇんだよ!」

「だって君、抱き枕だから」

「はぁ? そんなの知ったこっちゃねぇよ……おまえの顔なんか見たくねぇから、背中側向けろよ」

 口が悪い抱き枕だった。真緒は言われた通り枕を引っくり返す、枕カバーはリバース仕様だった。

「なんで背中向けた側にも、おまえがいるんだよ!」

「君、リバースカバーの抱き枕だから」

「わけわかんねぇ」

 少し大人しくなった抱き枕が言った。

「机の引き出しから出てきた、頭に魚が刺さった女には注意しろ……あの女、引き出しから出てくる時にブツブツ文句言っていた──あいつなにか企んでいる」


 翌朝──真緒は、しゃべる抱き枕を抱えて、パジャマ姿のまま魔王城の食堂にやって来た。

 食堂では、ズ子とフレッシュ三世がトーストと目玉焼きの軽い朝食を食べていて、少し離れた椅子には両足を組んで座った白夜が、モーニングコーヒーを飲みながら『イロコイ国新聞』に目を通していた。


 狐狸姫のキャラパジャマを着た真緒がズ子に言った。

「すごいよ、この抱き枕、本当にしゃべるよ……ほらっ、何かしゃべってみて」

 真緒にギュウゥと抱き締められた抱き枕は、露骨に嫌な顔をした。

「やめろ! 朝っぱらから抱きつくなキモ男! 見せ物にするんじゃねぇ!」

 驚いたフレッシュの手から、かじりかけのトーストが皿に落下して。

 ズ子が片面焼きの、サニーサイドアップで調理された目玉焼きの黄身に、フォークを突き刺して黄身と白身をグヂャグヂャに掻き回しながら言った。

「変でちゅね? そんなに長い時間、具現化が保たれているはずないのに? もしかしたら、魔王の息子の想いの強さが影響しているんでチュか?」

 グヂャグヂャにした目玉焼きをトーストの上に乗せて、トーストごと食べているズ子に真緒が質問する。

「擬人化光線で解除装置の方はどう?」

「順調でチュよ、あとは最終調節とエネルギー充填させるだけでチュが……一つだけ問題が発生しているでチュ」

「どんな問題?」

「前にも話したでチュが、擬人化した者たちを集める広い場所が必要でチュ──巨大ロボットや巨大怪獣が元のサイズにもどっても安全な場所が」

「それなら『春髷アリーナ』なんてどうかな? あそこならコンサートやスポーツの試合も開催するくらい広いから……アリーナで熱唱大会を開催すれば、みんな集まってくれるよ……賞品と賞金出せば」

「それはいいアイデアでチュね……魔王の息子が主催する熱唱大会なら、みんな集まるでチュ。その会場で装置の調節やるでチュ」


 かくして、春髷市で。

『春髷市熱唱大会開催決定……各賞に賞品・賞金あり、全員に参加品あり』

 が開催される運びとなり、市民に通達された。


 三日後、熱唱大会当日──春髷アリーナに、熱唱大会参加者と観客が続々と集まってきた。

 ステージ裏では、ズ子が『擬人化光線解除装置』の、最終調整とエネルギー充填が行われていた。

 熱唱大会スタッフとして忙しそうに動き回っている、擬人化した『恒河沙』と『眼鏡かけ直し君

』に案内されて、抱き枕を抱えた真緒はズ子のところにやって来た。

 真緒が、調節を続けているズ子に訊ねる。

「準備は進んでいる? 大会参加者も出演者待合室で待機しているよ」

「順調でチュ……あとはエネルギーが充填されるだけでチュね」

 装置から伸びたコードの先端にあるプラグが、床にペタンとW字座りをした、女の子の鼻の穴に刺さっている。

 黒いスジが混じった白っぽい服を着て、コンセントが並んだ白く長い尻尾が生えている、頭の両脇には風力発電の風車が回っていた。

 女の子の背中側には、ソーラーパネルが張り付いている。

 擬人化した、ガニィ星人の侵略怪獣──放電怪獣『白銀クィーン』〔しろがねくぃーん〕だった。

 白銀クィーンの近くには黒っぽい服を着た男──擬人化した、用心棒怪獣『黒井キング』が、こむら返りで、悶絶していた。


 装置に電気配給をしてくれている、白銀クィーンを見て真緒がズ子に訊ねる。

「電気エネルギーだけで足りるの?」

「擬人化した怪獣だと、時間は少しかかるでチュが……大会終盤までには間に合うでチュ、それまで参加者と観客を足止めしておいて欲しいでチュ」

「任せておいて、ちゃんと順番も考えてあるから……熱唱大会が終了しても、お楽しみのビンゴ大会も用意してあるから」


 真緒は抱えている抱き枕に目を向ける、日を追うごとに、狐狸姫の抱き枕は口数が少なくなってきていた。

 真緒が少し強めにハグすると枕は弱々しい声で。

「やめろ……あたしを抱くな」と、呟く。

 具現化光線の効力が弱くなっていた。

 ズ子が言った。

「もうすぐ、普通の抱き枕にもどるでチュね……この部屋に置いておくでチュ、あまり持ち歩いて抱き締め続けると……具現化光線の効力消耗が早くなるでチュ」


 真緒は抱き枕をズ子の部屋に預けて、参加者の控え室に向かった。 

 控え室にいた、着物姿の暗闇果実を見つけた真緒が声をかける。

「果実は演歌を歌うんだ」 

「なに? 悪い、あたしが演歌歌うと」

「いや、意外だなと思って……じゃあ、ボク審査員やらないといけないから、ステージの方に行くから頑張って」

 真緒が控え室から、いなくなると。ギターを背負ってカウボーイハットを被った銀鮫海斗が呟いた。

「真緒が審査員やるなら、狐狸姫のアニメ曲を歌えば実力に関係なく優勝だな……まっ、そんなあざといマネをする、参加者はいないと思うが」

 海斗の呟きを壁際で耳にした灰鷹満丸は、眺めていた狐狸姫のアニメグッズを、そっと紙袋の中にもどすと、室内にいた大会スタッフに近づいて参加の辞退を告げた。

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