シューターボール~ロボットでドッジボールをしたら彼女ができた?~
砂鳥 二彦
第1話
西郡(にしごおり)カイはスポーツ、その中でもeスポーツにはまっていた。
既にプロライセンスを得て、様々なゲームに挑戦している。MOBA系、FPSやTPSなどのシューティング系、RTS系、音ゲーなどなど、考えられるタイプのゲームは全て網羅(もうら)していた。
特にシューターゲームがカイの得意分野だ。最近は実寸大のロボットのシューター系スポーツを扱ったゲームもコンソール付きでプレイしていた。
ただ、それがあの間違い。そして出会いだった。
「付き合いなさい! 西郡カイ君!」
手入れも散髪もしていないボサボサの髪を掻きながら、カイは玄関の呼び出しに応答して扉を開けた。
何の変哲もないマンション、その通路に立っていたのは火柱を上げる焚火のような女性だった。
女性の髪は美しくも激しいという感情を喚起(かんき)させる、炎のような赤毛だった。
顔は強気なツリ目、鼻はスンッと高いので欧米の血が入っているのかもしれない。
唇は薄くも真っ赤な口紅に彩(いろど)られ、二ッと笑った歯は眩しい。赤いシャツは髪の色にも負けない濃さで、その豊満な肢体をくっきりと映し出していた。
ただ服装はそのシャツとラフなミリタリーズボンとブーツで、男らしいとさえ思えた。
「どこの誰だよ」
カイは第一印象に驚きつつも、落ち着いて対応する。
いくら相手が美しいと言えども、身も知らぬ人を受け入れるほど、カイは情熱的でなければ懐が広いワケではなかった。
「私は北見ナオ! プロエクススポーツプレイヤーよ」
「エクススポーツ……?」
カイはエクススポーツと聞いて思い出す。エクススポーツとはエクスボットと呼ばれるロボットを使ったスポーツだ。
黎明期(れいめいき)はエクスボットの値段の高さから敬遠されがちだったそれも、時代は推移して変わった。
今は軍の払い下げや富豪のお古を利用して、様々なスポーツが楽しまれているのだ。
「で? そのエクススポーツプレイヤーが何の用だ? 朝早くなんだから俺は寝なおすぞ」
「ダメよ。ダメダメ。君はこれから私に付き合ってもらうわよ!」
「私に、か」
カイは内心勘違いしていないかドキドキしていたが、やはり交際のほうではなかったらしい。
「そもそもエクススポーツは色々あるだろう。エクスベースボールとかエクスサッカーとか。アンタは何のプレイヤーなんだ?」
「よくぞ聞いてくれたわ! 私はシューターボールのプレイヤーよ」
「シューターボール……って、最近ゲーム化されたロボットのドッジボールかよ」
「そうよ! プレイ総人口およそ10万人! 近年できたばかりの人気スポーツよ」
「そのプロプレイヤーね。同じプロとして尊敬するよ。それじゃ、詳しい話はまた後にしてくれ」
カイは眠気さのあまり、ナオを無視して扉を閉めようとする。
しかしその退避はナオの両手によって塞がれた。
「君だってシューターボールのプレイヤーでしょ! もっと話しに乗り気になってよ!」
「うるさいなあ! おれはそのスポーツのゲーム化されたものをプレイしたに過ぎないんだよ!」
カイの言う通り、エクススポーツは度々(たびたび)ゲーム化されやすい。
それはそもそも、高いロボットの機体を現実に用意するよりも仮想空間でシュミレーションするほうが格段に安いからだ。
「大体エクススポーツは無駄が多いんだよ! でかい機体のせいで価格だけじゃなく場所代だってかかる。動けば観客に危険だし、機体だって壊れる可能性がある。全部ゲームの世界でやればいいだろ」
「き、君はエクススポーツを根底から全否定するわね。でも考えてみなさい。シューティングゲームとサバイバルゲームは全然違うでしょ! 同じ理由よ」
「そうかもしれないけどよ。シューターボールはエクススポーツの中でも最も機体が壊れるスポーツだろ?」
そうである。シューターボールの勝利は、相手の機体をノックアウトするのが条件である。
だからカイの言う通り、シューターボールは費用がかさむスポーツなのだ。
「だからいいのよ! ぶつかり合う視線、狙いあう緊張感、ボールで射抜かれる頭部カメラ! これだからシューターボールは面白いのよ」
「それならエクスボットで銃撃しあう方が面白そうだけどな」
「できたらしてるわよ! 三日紛争について知らないとは言わせないわよ!」
三日紛争、それはエクスボットによるテロ行為だ。
それまでエクスボットを銃器で戦わせるスポーツはあった。しかしこの事件で5000人近い死傷者が出たため、多くの国がエクスボットの銃を規制してしまったのだ。
その結果、エクスボットという巨大ロボットはシューティングゲームができなくなった。それでも、人間と言うのは何とか抜け道を探し、発想を駆使するものである。
長い試行錯誤の末、生まれたのがシューターボールというドッジボールを起源とした弾ならぬ球のぶつけ合いなのだ。
「ドッジボールから外野と内野の概念を消し、フィールドを街などに変えた1対1から多対多のスポーツ! これには多くのシューティングプレイヤーが食いついたわ。それ以外の層にもね」
ナオはセールスをするように魅力を語った。
「ルールは簡単! 限られたエリア内でボールをぶつけ合い、相手を破壊する。接触はボールの投擲以外禁止! 縦横無尽(じゅうおうむじん)に機体とボールが駆け回る夢のスポーツよ!」
「そうかい。ゲームでプレイしたことしかない俺にはわかりかねるね」
「そう、それよ。私が来たのはゲーム化したシューターボールのナンバー1プレイヤーである君に会いに来たのよ!」
カイは思い出す。確かにプロの通り名で先日、国内大会を優勝していたのだ。
ただそれは他のeスポーツ大会よりも小規模で、すっかり忘れていたのだ。
「あー、なるほどな。で、会ってどうするつもりなんだ?」
「そんなの決まっているわよ。レッツプレイよ!」
ナオはにこやかに笑って指を鳴らす。すると、横から執事らしき白髪の老人と屈強な男が現れた。
「さ、運びなさい」
「ハッ」
屈強な男の方がカイの首根っこを掴むと、どこかに運び出す。もちろんカイは抵抗するも、足がつかない以上何もできなかった。
「な、何をするんだ! 俺はまだ眠るんだああああああ!」
カイは叫びながら、マンションの前に停められていた黒塗りの車に乗せられて運ばれて行った。
「これが、エクスボットか」
「凄いでしょ。ロマンを感じるでしょ。早く操作したいと思わない?」
カイが運ばれたのは郊外にある廃墟だった。そこは急速な開発競争のバブルが弾けてできあがった無用の長物たちだった。
そんな場所に2体のロボット、エクスボットが置かれている。
エクスボットは主に3メートルほどのロボットである。人型から多腕多脚のロボットまで種類は多い。その多くは軍事用や産業用、それにスポーツ利用だ。
カイの目の前にあるエクスボットは、ゲーム内で愛用している機体と同じ『メテオロ』と呼ばれるものだった。
頭部には青い爪のような装飾がされ、人間に近いスマートな機体だ。
特徴として腕部が精巧に造られおり、人間と同じかそれ以上にボールを巧みに扱えるよう設計されている。
脚部は人間のように飛び跳ねが可能となっているため、機敏だ。他の多脚エクスボットと比べても、それは顕著(けんちょ)になっている。
「私の機体はこっちよ! 名前はオクター! そっちがファイタータイプに対して、ディフェンスタイプね」
ナオが指さした方向には、ずんぐりむっくな紅い機体があった。
頭部はシンプルな多面体であり、腕は3本ある。その3本の内、2本はボールが掴めないけれども、ガード用に強化された腕部だ。
残りの腕1本はボールを投げるため、2つの関節を有する繊細(せんさい)な作りをしていた。
また脚部は4本あり、蜘蛛のように身体を支えている。
これでは素早く動けない。その反面、ボールを投げる際のふんばりは強く、投擲の強さを増加させているのだろう。
簡単に言えば、腕が多いほど手数が増え、重量が重くなる。脚が多ければスピードが落ちるけれども、ボールの威力は増す。
このように多腕多脚をディフェンスタイプ、人に近い体型をファイタータイプと呼ぶのだ。
「機体を眺めるのもいいけど、早速始めるわよ」
「早速って、ここで始めるのか!?」
「そうよ。コンソールはこっちよ」
ナオに言われるまま案内されると、そこにはシェルターのような黒い台形の塊があった。
これはいわゆる操縦席だ。その点はゲームの方とも同じだ。
カイはナオにコンソールへ押し込まれると、仕方なく準備を始めた。
準備と言っても、ハーネストと言われる立体機動型の操縦席に乗り、脳波操作のヘッドギアをすれば、完成だ。
「こちらも準備できたわよ!」
全方向型の画面がエクスボットのメテオロとリンクしたかと思うと、大音量の通信が入った。
それはやはり、ナオだ。
「ボールはそっちの先行にしてあげる。街の中に入って3分後にスタートよ」
「わ、分かったよ」
カイは言われるまま、メテオロを操る。そして街を黄色いネットで大きく囲む中へと、ナオのエクスボットであるオクターと共に入ったのだ。
中に入った後は自由に行動だ。ナオのオクターは地の利を活かすためか、だいぶ離れたビルの屋上に陣取った。
「仕方ない。覚悟を決めるか」
カイはいつもゲームと向かうように集中し、手を握っては離して、3分後のスタートを待つのであった。
大きさは直径50センチメートルあるボールをラグビーのように小脇に抱え、カイの操るメテオロは大通りを駆けた。
「まずは」
カイは頭の中で、自分がプレイしたシューターボールをエミュレートする。
シューターボールの基本は攻撃全てをボールで行い、防御はキャッチングとガードと回避(ドッジ)で行う。
今はカイがボールを持っているので、攻撃側だ。このボールを如何に効果的にナオのオクターにぶつけるかが勝利の鍵となる。
カイの常とう手段は、超至近距離からの剛速球だ。これが最も効果的でダメージが大きい。上手くいけば相手はキャッチングやガードどころか、回避もできない。
しかし実際はそうも簡単にいかない。事実、ナオのオクターはカイのメテオロと違って前後左右がなく、どちらも向けた。
それにビルの屋上に陣取っているため、カイのメテオロがどこから上がってくるのか一目瞭然なのだ。
「奇襲は無理だが……」
カイはメテオロの驚異的な身体能力とブーストを駆使して、ビルを駆け上がる。
そして、ナオのオクターと相まみえた。
「来たわね。奇襲は無理よ。どう攻める?」
「ファイタータイプの基本は機動力と攻撃力だろ。なら――」
カイのメテオロはビルの屋上を、走る。
オクターの周りを区切るように直角に、四方を囲む形で走り回ったのだ。
「これなら正面を向け続けられないわね。だけどベターすぎね」
オクターはメテオロの攻撃を待たず、ブーストで包囲の脱出を図った。
しかし、それは逆にチャンスだ。
「そこ!」
カイはメテオロを操り、オクターの隙である下半身部分にボールを投げつけようとした。
だが、カイの最初の攻撃は上手くいかなかった。
「何っ!?」
タイミングはバッチシ、けれどもフォームはバラバラだった。
それはリアルと仮想空間との違いだ。空気の抵抗、僅かなラグ、機体の軋み、その他多くの現実的な要素が投球を妨害したのだ。
まるっきり力の入っていないボールは、オクターの脚部装甲を少しも傷つけずにぶつかって落ちていった。
更に不味いのはこぼれたボールのキャッチングである。すぐに動かなければ相手よりも早く取れないのに対して、投球の下手さに驚いたカイは動かずにいたのだ。
「もらい!」
通信越しから陽気な声でナオが喜ぶ。
今度は空中でボールを奪ったナオのターンだ。
ナオのオクターはビルの屋上に降り立つと、4本の脚でがっしりと構えた。
そして投球用のアームを人間の投球のように持ち上げると、カイのメテオロに向けて振り下ろしたのだ。
「まずっ――」
カイは実際にドッジボールをやっている感覚に陥(おちい)り、本能的に後ろを向いて逃げてしまった。
それが増々悪い。後ろを向いてはボールをしっかりと視れず、どちらに動けば回避できるか、キャッチングできるかが分からない。
これではされるがままだ。
オクターの剛速球は暴風を伴ってメテオロに接近する。
カイはメテオロを何とか操り、身体を捻って回避に努めた。
ただし、その願いはかなわない。ボールはメテオロの右足に命中したのだ。
「――っ!」
痛みはないが、右足への打撃はカイにも伝わる。
現実にボールを受けたメテオロの右足は、完全破壊は免れたが大きく破損してしまった。
ダメージ的に言えば、脚部は80パーセント近くの損傷を受けていた。
「くそっ、これじゃあ……」
ボールはメテオロ側に拾われるも、事態は深刻だ。
ダメージだけではなく、右足は投球において重要な軸足だ。8割近い破壊を受けては、メテオロ特有の剛速球は望むべくもなく、自壊してしまう。
「案外早い幕引きね。もっと楽しませてくれると思ったのに。でも仕方ないわね。アマチュアの初戦がプロなのはやりすぎたわ」
ナオはもう勝った気でいる。ただナオの言うように、カイはシューターボールの初心者だ。
だから負けても仕方ない。
そんなクソみたいな理由、カイは納得できるワケがなかった。
「舐めるなよ」
「ん?」
「俺だってプロだ。プロゲーマーだ。どんな初戦でも、どんな相手でも最高のパフォーマンスを出せる。それがアマチュアだって? 舐め腐ったこと口走ってるんじゃねえぞ! 火だるま女!」
「なっ……ひどいこと言うわね」
「これはハンデだ。いいな。試合再開だ!」
カイはそう宣言すると、ボールを振りかぶった。
「ちょっと、無理したら脚が折れるわよ。そんなのじゃあ――」
カイは先ほど右手で投げたのとは違い、左手(・・)でボールを構えていた。
「まさかの両利き!?」
ナオは驚きながらも、しっかりとガード用の2本の腕で重要な頭部をカバーする。
対するカイはボールをナオのオクターに向けて、投げなかった。
「あら?」
ナオはいつまで待ってもボールが来ないのにやっと気づいた。
その間、カイがやっていたのはボールのお遊戯だった。
「手首のスナップ、指のタッチ、肘の回転、肩の力点」
「あ、遊んでるんじゃないわよ!」
「俺だって遊んでるワケじゃない。感覚を思い出してるんだよ」
カイはボールを持たない防御側に攻撃手段がないのをいいことに、練習していたのだ。
スポーツとしてのシューターボール初心者であるカイは、そうでもないとゲームの感覚をリアルにインプットできない。これはままごとではないのだ。
「手首のスナップ、指のタッチ、肘の回転、肩の力点」
「分かってる? 3分以上保持し続けた場合は攻守交替なのよ」
「分かっている。だから時間ギリギリまでやらしてもらう」
カイはナオを意に介せず、ひたすらボールのキャッチ&リリースを反復する。
これにはナオも激怒した。
「一応言っとくわよ! シューターボールでは強くぶつからない限りボールの奪取も可能なのよ!」
ナオはそう言うと、オクターをカイのメテオロに向かわせた。
「もうすこし、もうすこし」
それでもカイはメテオロでボールと戯れるのを止めなかった。
「もらった!」
ナオのオクターのアームが、メテオロの持っているボールを弾いた。
その時である。
「インプット完了!」
空中でボールが浮遊する中、いち早く拾ったのはオクターではなくカイのメテオロだった。
片足だけで器用に跳躍すると、オクターから距離を取りつつボールを両手で囲い、着地したのだ。
「しまった!」
オクターは着地時の硬直で上手く動けない。それに対してメテオロの着地の衝撃は軽い。
「一球入魂!」
メテオロは大きく振りかぶって左手でボールを投じた。
しかし、そのボールの方向はオクターの方ではなく、明後日の方向ではないか。
「……はは。脅かすんじゃないわよ。やっぱり君はアマチュア」
ナオがそこまで言おうとした時、ボールは強い回転を伴って戻ってきたのだ。
「カ、カーブ!?」
ナオは咄嗟(とっさ)にオクターを操り、ガード用のアームを割り込ませようとする。
その甲斐あってか、ボールは僅かにアームで逸らされ、真正面にぶつかったのは脚部の方だった。
「っちい! 脚部を1本やられるなんて油断しすぎよ、私!」
ナオのオクターはバランスを崩すも、残りの3本の脚がちぎれた1本の脚の代わりを務めた。
「やり返したぜ! 此畜生(こんちくしょう)!」
「やるじゃない! 楽しくなってきたわ!」
ナオはほとんど尻込みもせず、ボールを拾う。そこから素早く投球モーションに入った。
「この距離なら!」
オクターはどっしり構えるのではなく、メテオロに大接近しながらボールを振り下ろした。
これなら距離を縮められるし、ボールの威力も増す。片足の機動力を失ったメテオロに必中させるには、十分すぎる対策だった。
「受け止める!」
メテオロは避けはせず、両手で前に構えてボールを待ち受けた。
ボールは勢いよく回りながらメテオロの両手をすり抜けて、胴体に炸裂。それに堪(たま)らず、メテオロはビルの端から端まで吹っ飛ばされたのだ。
「ハハハハッ! 今度こそ私の勝ち。この勝負は私の白星で」
「おいっ。俺は、まだ動けるぞ!」
「!?」
メテオロはビルの端まで滑り込んだにも関わらず、無事だった。
ただ右腕は完全に破壊され、右足も潰れている。まさに辛(かろ)うじて動ける状態だった。
「腕1本、脚1本でもまだ動ける。こいつはロボットで、これはゲームだ。ゲームなら、俺は易々(やすやす)と負けられない!」
カイは半身しか残っていないメテオロに無理をさせ、ボールを左手で握りなおした。
「後ろに跳んで、しかも右手を犠牲にして受け止めるなんて! ビギナーができる技じゃないわ!」
「ビギナー上等! アマチュア上等! だが俺はプロの心まで忘れちゃいない!」
カイはメテオロの残った左足が軋むほど限界まで引き絞り、残った左腕に最後のエネルギーを託した。
「これが最後の1投だ!」
メテオロは全身をバネにしてボールを振り回し、投じたのだった。
そのボールの勢いはとても身体が半分になった機体が出せるとは思えないスピードであった。
「よけ――間に合わ」
ナオは瞬く間に飛来したボールをアームのガードで受け止める。これならボールのダメージを半減させられると判断したからだ。
だが予見できなかったのは、ボールの回転だ。
「ガードが、外れる!?」
ボールは螺旋(らせん)を描いて回転している。ちょうどガードしているアームとアームの隙間に球体をねじ込むような動きだ。
ジャイロ回転、それが最後の投擲(とうてき)に懸けたカイの秘策だった。
ジャイロ回転のボールはそのままガードを貫き、隠されていたオクターの頭部カメラに到達した。
「――っ!」
ナオは咄嗟にオクターの首を捻り、そのおかげで頭部は、半分を残して破壊を免れたのだった。
「……やるじゃないか」
「……そっちこそ」
2人はほぼ破壊されながらも闘志が収まらない。ボールは遥か彼方に行ってしまったけれども、拾いに向かおうと互いに動き出した時だった。
「そこまででございます」
そう2人の耳にアナウンスが届いたのであった。
「エキシビションマッチ、20分の制限時間になりました。2人ともコンソールから出てきてください」
「ちょっと! アダムスミス! 普通の試合は30分のはずよ!」
「先ほど言った通り。これはエキシビションマッチだと、お嬢様自身が言った事です。異存はないはずですよ」
「ぐっ……」
制限時間などというのに全く懸念していなかったカイは、ぼかんとやり取りを聞いていた。
「カイ様。ご苦労様です。お嬢様の相手をしていただき感謝の極みでございます」
「あっ、いえ」
「しばらく休憩の後、お車で家まで送りましょう。どうぞコンソールからお出になってください」
「わ、分かりました」
その後、後始末はナオの家来らしき人たちが行っているのを、カイは横目に見ていた。
時間制限のダメージ判定も、五分五分ということで引き分け。カイはともかく、ナオは大変(たいへん)憤慨(ふんがい)していた。
カイはナオと別れを告げ、紳士服の初老の男性に引き連れられ、来た時と同じ車で自宅のマンションに送り届けられた。
そうして、今に至る。
カイは仕事の練習であるゲームにも、それ以外にも手が付かず、部屋でボーっと天井を見て過ごしていた。
その心にあるのは、あの時の、シューターボールの熱と鼓動だ。
カイは呆然としたまま、呟いた。
「また、やってみたいな」
シューターボール~ロボットでドッジボールをしたら彼女ができた?~ 砂鳥 二彦 @futadori
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