第12話 コソ泥の苦悩

 果たして推測は当たっていたらしい。メインホールからやや離れた席に居たのは、例の泥棒と文化会館の2人組のうちの1人だった。

 両者の中央には奪い去った白い布切れが置かれているが、それを挟む顔はどこか険悪だ。


「だから言われたとおり持ってきただろ。さっさとそいつを消してくれ」


 苛立たし気に膝を揺する泥棒男に、携帯を弄っていた不良も食って掛かる。


「はあ? こんな布1枚で何言ってやがんだ。お前が金になるって言うから店に持ち込んだのに、全部断られたんだぞ。なしだなし。早く失せろ」


「話が違う! まさかお前ら最初から――」


「よう。取り込み中悪いな」


 すげえ。話の腰を全力で折りに行ったよあの人。


 立ち上がろうとした泥棒男の肩を押さえ込み後ろに立ったレシュリスカヤさんに、男たちが揃って目を丸くする。


「て、てめえは一昨日の!」


「あんたさっきの……!」


「奇遇だな。知った顔が居たから声かけてみれば意外な奴とも知り合いだったなんて。世間は狭いな」


 白々しく空いた席に座り机に脚を投げ出し、置かれていた瓶の中身を口に含む。たったそれだけで場の空気を掌握してしまうほど堂に入った佇まいだった。


「これ本当に酒か? やたら甘いし。ラベル無けりゃジュースと勘違いしちまうだろ」


 違った。酒の味にケチをつける居酒屋のおっちゃんだった。


 「一応僕ら未成年だから止めた方が良いよ」と心の中で嗜める。こういう手合いは注意すると逆ギレすることが多い。うちの社長もしょっちゅう飲み屋で地元の中年たちと罵り合っている。


「うるせえ! 大体てめえ何でここが分かげふぅっ!?」


 焦った不良が目くじら立てて凄むけど、その前にレシュリスカヤさんの拳が腹に刺さるのが早い。秒で悶絶した不良の襟首を掴み、裏口に引きずっていく様は何故か彼の安全を祈れずにいられない。


「私はこいつに話を聞く。お前は泥棒の方だ」


「う、うん」


 達者でね不良の君。追いかけた人間と話をする人間が逆なんだけど、この場合はこっちの組み合わせが適任だろう。

 僕が相手だったら話をする前に不良の拳が飛んでくるし、レシュリスカヤさんなら店の中でも構わず刑事ドラマ紛いの取り調べが始まってしまう。


 一部始終をぽかんと傍観していた泥棒男が、正面に座った僕から目を逸らした。バツが悪いというより僕という人間を測りかねていると分かる。まずは挨拶から。


「どうも。さっき会いましたね」


「……あんたはあの女の仲間?」


「仲間っていうより顔見知りですね。だっておっかないじゃないですか。進んで話しかけようなんて思いませんよ」


「まあそうだろうな」


「僕は個人的にお願いされまして。矢吹美鈴さんに大切なものを取り返してほしいって」


 相手に応答する意思があると分かり、小さくジャブを出してみる。すると案の定、目つきが僅かに変わった。


「あいつに? 随分と仲が良さそうだな」


「その衣装全然売れなかったみたいですね。見た目はただの布切れだし、まだ市場に出回ってない最新技術がつぎ込まれているから相場も何もないでしょう」


「え? そうなのか?」


「チケットもらった時に『新しい私を見せてあげるから絶対来てね☆』って教えてくれたんです。楽しみだったのになぁ、次々と装いが変わる美鈴ちゃん」


 実際はそうでもないのに、さも親しげな関係をでっち上げる。自分の知らない衣装の秘密を知っていたという点も説得力を加えてくれるはずだ。


「あいついつの間にそんなことを……」


 信じられないという顔で肩を震わせる。よほど矢吹さんに思い入れがあるのか。ここで次の手に移る。


「でもこの前にあんなことがあってから矢吹さん疲れてるみたいで……クラスメイトとして心配なんですよ」


「クラスメイト?」


「ええC組です。実は今回もクラスの代表として矢吹さんの様子を伺ってたんです。我らのアイドルを見守るのは、クラス内の熾烈なチケット争奪戦を戦った者たちの総意と言ってもいい」


 異性ではなくあくまでもファンの姿勢を貫く。あまり露骨にアピールしても逆効果だ。


「お兄さんも心配なんでしょう? さっきの会話、衣装を何かの取引材料に使おうとしてた」


「あんたには関係ない」


「ええそうです。しかし彼女はこの衣装を着られることを誇りに思ってました。それが叶わないと分かったときの悔しさに満ちた表情は、忘れられません。僕が動く理由には充分です」


 相手に感情の揺らぎが表出する。自分のしたことがどれほどのものかを実感している。最後の一押しだ。


「僕はあなたに嫉妬している」


「え?」


 思いがけない台詞に視線が来るが、それに気づかないように俯く。声のトーンを下げる。


「衣装を取られた後、僕はすぐに通報しようって言ったんです。でも矢吹さんはしなかった。決して怖かったからじゃない。寧ろあなたの身を案じているようだった。仮にもファンです。どんな関係か知らないけど、それだけであなたへの信頼を感じましたよ。僕たちじゃ得られないほどのね」


「美鈴が……そこまで……」


 熱を冷ますように手近なコップの水を飲み干す。これまでの反応から組み上げたクサい芝居だけど、唇を噛み締めているあたり効果ありだ。

 レシュリスカヤさんもいつ帰って来るか分からない。不良の彼がなるべく長引かせてくれるのを願って、本題に移る。


「あなたの取引は失敗しましたね」


「ああ……もう手がない」


「手がない? 寧ろチャンスですよ」


 またもや意味が分からんという視線。構わずに続ける。


「元々これまでは相手の言いなりになってやったことだ。取引じゃなくて献上ですよあれは。一度要求を呑めばもっとふっかけてくる。携帯のデータを消すなんてありえない」


「デ、データ? 何の話だ?」


「文化ホールで矢吹さんが絡まれた現場に僕も居合わせてましてね。中身は知らないけどあの子それを見て固まっちゃって。お兄さんもさっき携帯を見て消してくれって言ってたでしょう? そんなにヤバいんですか?」


「……あまり見られたくないもの、かな」


 かなりその内容が気になったけど、この調子じゃ教えてはもらえないな。ファン(仮)として無粋な真似はできない。


「話を戻しましょう。取引が無駄になった以上、あなたは連中にとって眼中から外れます。言ってしまえば無警戒になる。ここで打つ不意打ちは必ず逆転の一手になる」


「不意打ちってどうやって――」


「幸いにも連中の1人は今裏口で締め上げてる最中です。そいつ経由で弱みでも何でも握ればいい。微力ながら僕も加勢します」


 微かに希望の光が瞳に灯される。確証は無くとももしかすればという可能性を与えれば、信用を得やすい。絶望に浸っている相手ならば尚更。


 タイミングを計って差し伸べた手に男のそれが重なる。これで僕は彼の味方というポジションを得た。


「ところであなたと矢吹さんってどんな関係なんです? ただの友達ってわけでもなさそうですし」


「何でそんなこと聞くんだよ」


「味方と言っても最低限の素性くらい知らないと落ち着かないですよ。ひょっとして親戚の方?」


「いや、実は……幼馴染なんだ」


「……ほう?」


 中々に興味深い関係ですねぇ(ゲス顔)。どうしよう。近所のおばさんくらい野次馬根性が飛び出そうだ。

 ここで根掘り葉掘り聞き出したネタを週刊誌にリークすれば、どれくらい貰えるか脳内電卓が自動計算を始めた時だった。


「お前、毒でも食ったか? 顔がキモいぞ」


 いつの間にか戻ったレシュリスカヤさんの不審者を見る目とご対面。瞬時に顔筋を修正し、曇りなきまなこを合わせる。


「何を言ってるんだい? 僕は迷える子羊の悩みを聞いてあげただけさ。それよりもそっちはどう……」


 机に投げられる何故か赤いぬめりの付いた携帯。ナニコレ呪いのアイテム? けどこの機種ってあの不良君が使っていたのと同じような――


「あのこれ……」


「ああ、何かさっきの奴急に具合が悪くなって代わりに預かってきた」


 手の甲に付いた同色のぬめりを拭うレシュリスカヤさんが涼しい顔で告げる。多分その原因は目の前のこの人だけど、黙らなければ僕も具合が悪くなってしまう。


「そ、そっか。で、何か分かった?」


「色々な。その前に、おいコソ泥」


「え!? お、俺?」


「あれは消しといたから安心しろ。それとこの件が済んだらあいつにちゃんと謝れ。良いな?」


「本当か! ありがとう。恩に着る!」


 あれとかあいつとかで通じるってお前らツーカー錠でも使ってるのか。

 よほど嬉しいのか泥棒男は涙と鼻水を垂れ流しにし、レシュリスカヤさんの両手を握ってぶんぶん振っていた。本人は振った拍子に鼻水が飛んでこないように、嫌な顔で思いっ切り背を反らしてたけど。


「……要するにカモられた?」


 レシュリスカヤさんから一通り聞き終えた話を総合すると、男は黙って頷いた。


 彼は市内の大学に通う学生で、友人に誘われ初めてこのダンスクラブに来ると、その魅力にハマり足繁く来店した。が、場所が場所なら客も客。いかにもなよそ者が来れば目を付けられるのは当然のこと。


 最初の接触はガラの悪い客に絡まれた時だ。例の2人組が現れ代わりに追っ払ってくれ、ついでに酒を奢って貰えば打ち解けるのに時間はかからない。


 色んな遊び場を教えてもらい、それは楽しかったらしい。同年代で会話も弾み、かつ異世界の住人が話すエピソードは刺激的で、男も自然と身の上話を持ち出すようになった。


 事態が急変したのはある酒の席でのことだった。深く酔った彼はものの勢いで普段なら絶対に喋らないこと、つまりあの矢吹美鈴と古い付き合いということを漏らし、その証拠に保存しているツーショットを見せた途端、相手の態度は様変わりした。


 無理矢理画像のデータを写し取られ、ネットに流されたくなかったら従えという脅し。……強請りの典型だ。多分きっかけとなったガラの悪い客とやらも仲間に違いない。


「しかし友達の写真なら流してもダメージは少ないんじゃない?」


「お前、アイドルに抱き着かれてる画像がバレて波風立たないと思うか?」


 ……へえ抱き着かれてるんだ。最近の幼馴染って大胆だなぁ。とりあえず死ねばいいのに。


 ただその画像を消せたのなら脅しは効かない。この血塗れスマホ(呪われてはいません)でもう1人を呼び出し、話し合えば良い。ゴネても隣の血塗れ女(呪われそう)に任せれば一件落着だ。


 ところが。


「2人だけじゃない?」


「軽くメールとか調べたら他にも関係者っぽいのがチラホラな。幸いにも画像がばら撒かれたのはその中の1人だけだから、後はそいつをシメれば終わりだ」


 画面を操作し電話しようとした時だった。男の手がレシュリスカヤさんの手首を掴んだのだ。


「何の真似だ?」


「そいつは止めろ……かなりヤバい奴だ。逆らったら何されるか分からん」


 深刻な様子で語る男曰く、一度だけ酒に同伴した奴で、横柄な2人組も平伏仕切りのボス格だそうだ。あるチームのヘッドだとかヤクザからも一目置かれるとか恐ろしい噂が尽きない。


「見るからに強そうだったよ。刺青もしてたし」


「知るか。木から生まれたわけじゃねえ。聞く耳と喋る口があれば何とでもなる」


「止めろ! あいつは本当に――」


 ピローン。


 通話ボタンを押す直前、奇妙な音が鳴り画面に通知が入る。メッセージを受信しました。発信元はまさに男が止めようとした方からだ。


『作戦開始は明日。カメラ忘れんなよ』


 これが事態を急転させたタームポイントだった。

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