第11話 邪道捜査
無人運転のバスを降りると曲線を多用したデザインの美術館が出迎えてくれた。2日前の騒ぎがあったのが嘘のように人の出入りが盛んだ。あの鑑賞会も通常開演しているだろう。
建物に入る前にもう一度ジャンパーの胸元を確認する。マジックテープで貼り付けた北本リフォームの他にも裏地には色々な社名のワッペンを隠している。長期の尾行じゃないから本格的な変装はしなくていい。
入口を通り受付のお姉さんに話しかける。
「すいません。先日こちらで椅子が壊れてしまい修理を頼まれたのですが」
「修理、ですか?」
「はい。何でも騒ぎがあって蹴飛ばされたとか」
「ああ、この前の……少々お待ちください。確認いたします」
多分ここに座って日が浅いのだろう。まだ若くにこやかにしても緊張があったし、こちらの身元を聞かなかった。お陰でやりやすい。
「申し訳ありません。そのような依頼は発注しておりません」
「あれ、おかしいな。若い男の人が電話くれたんですよ。先払いするからここに来てくれって。まあ、言葉が汚かったから、壊した奴が勝手にかけてきたんですかね」
「あら、そうなんですか」
「困ったなぁ。お金受け取っちゃったからもう1回返金しないと。すみませんけどその壊した人のお名前とかご存じないですか? 一方的に喋ってすぐ切れちゃったものですから」
「分かりました。2日前の入場者の方ですね……恐らく松本太一様と田代修様ですね」
「ありがとうございます。助かります」
長居すると手ぶらで来たのが怪しまれるから、すぐに外に出る。現金と違い認証決済は必ず支払人のデータが付加される。入場料を払った者は会館の記録に残る。
携帯を開いて名前を検索すると同姓同名がずらり。一番手っ取り早いのはSNSだ。その中でも登録に本名が必要な大手をスクロールすると、見覚えのあるチャラい顔がヒットする。
アップした数々の写真の中から2人かそれ以上の数で映った写真を選び、撮影した
今のスマホは撮った写真に自動的に日時や使用機種、緯度経度の情報を記録し、ネットに乗せればそれらの情報もくっ付いてくる。悪用すれば自宅が分かってしまう危険性もあるけど、今は必要じゃない。
ジオタグを反映したマップ上でタグが集中しているのは、繁華街の一角にあるダンスクラブ。どうやら連中の溜まり場らしい。まずは第一歩だ。
◆◆◆◆◆
表があるなら裏があるのはどの街にも当てはまることで、僕らの街も例外じゃない。キャラハンが軒を連ねる表通りから外れて郊外に進むと、やっぱりそれらしい雰囲気の場所に変わっていくのが分かる。
看板や店舗は洗練さよりも派手で目を引きやすいものが多くなり、行き交う人々も自然とそこに同調したスタイルを求められる。そんなところによそ者が紛れ込めばやっぱり注目を集めるわけで。
「お兄さん見かけない顔だね。うちなら可愛い子が沢山いるよ。初回サービス3割引き!」
「はいこちらただいまボーナスタイム突入しました。今入店すれば巨乳ちゃんがナマで拝めるよ!」
自然と向きが変わってしまいそうな足先を何度も直し、ひっきりなしに浴びせられるポン引きの勧誘を流してマップが示す光点に進む。
……嫌だなぁこういうところ。中心エリアが整備された緑と水素自動車の無臭とは反対に、ここでは酒とタバコの臭いが蔓延している。
すれ違う連中も下心満々のくたびれたサラリーマンが大半だけど、偶に明らかに縄張りを巡回しているタイプがいる。目線が合えば過激なスキンシップで挨拶してくれるだろう。僕みたいなか弱い学生はなるべく頭を低くして歩くべきだ。
「何でお前が居るんだよ」
はぐれメタル並みの回避スキルで怖いお兄さんたちの目をすり抜け、やっとたどり着いたと思ったらもっと怖い同級生がそこにいやがった。
一度帰ったのかブレザーではなく、パーカー、デニム、スニーカーの私服姿。
普段は制服を着ている子が私服に変わると「あれ? あいつちょっと可愛くね?」なんてお約束のパターンがあるのに、レシュリスカヤさんは色気の欠片も感じ取れないくらい適当な服装だった。
べ、別に期待なんてしてなかったんだからね!
「バイトだよ。そっちこそ帰ったんじゃなかったの?」
「散歩だ。道覚えるついでにな」
「……矢吹さんが心配だから調べてたって正直に言ってもいいんだよ?」
ナイフの目付きがニードルくらい細くなる。お願いだから睨まないでよ。ちょっとちびりそうだったぞ。
「耳遠いのか? 散歩だって言ってるだろ」
「あの路地裏に来たのも道覚えるついで? 矢吹さんの行動に注意してないとあんなタイミング良く助けられないよ」
「……チッ」
忌々し気に舌打ちし、扉に手をかける。その背中を見失わないように僕もすぐに扉を潜ると、まず飛び込んできたのは大音量のビートだった。
赤やら青やら色彩豊かなライトがフロアを忙しなく照らし、若い男女が音楽に合わせて思い思いに踊りを楽しんでいる。日常では体験することのない騒々しさに眩暈がしそうだ。
「本当にこんなところに居るのかな……」
図書館のような静かな空間でゆったりと読書を楽しむ人種としては、喧騒を是にして音と光が乱立する場所はどうにも落ち着かない。
一方、レシュリスカヤさんは慣れているのかカウンターで作業するスタッフを捕まえて、一言二言喋りかけている。
見慣れない顔を警戒して対応に渋るスタッフだったが、耳元で何か囁くと満面の笑みで去っていった。
ついでにオーダーもして瓶を片手に意気揚々と戻ったレシュリスカヤさんは、早速一杯やり始めた。
もしかして酒じゃないかと心配になったものの、瓶のラベルにはジンジャーエールの表記があると分かりほっとする。
「何でこの店に来たの?」
まずは素朴な疑問を持ち出してみる。答えとしてレシュリスカヤさんが出したのは小さな黒い物体だった。指先に収まる大きさで、硬貨くらい平べったい。
「これは?」
「あの衣装に引っ付いてたGPS。解析してこいつと同規格の電波を出す場所を漁ったらここが出た」
GPS? 解析? 酒といいこれといいこの人本当に高校生なの?
「持ち出し許可があるにしろ仮にも試作品なら盗難防止の工夫くらいしてあるだろ。バッテリーやセンサーの他に何かないかあの布切れを調べたら、布地の間に挟まってたよ」
「それを勝手に剥がしちゃったの? ヤバくない?」
「緊急事態だ。他にも10個以上付いてたんだから一つ外しても変わらねえよ」
淡々と言うけど見方によっては犯罪になりかねない行為だ。というかこの小さな発信機を見つけたのも凄いけど、解析って何? パソコンとかよく分からない機械に繋いでカタカタキーボード叩いたってこと?
「そういうお前は? 探偵っぽく推理で辿り着いたってか」
「まあ、そんな感じかな……」
身分詐称にSNSの逆探知。人のこと言えないね!
「ところでさっきスタッフに何を聞いてたの?」
「ああ、この店で変な布切れ持っている奴かそいつと一緒のガラの悪そうな奴ら探してくれって頼んだ。近くに適当に座ってた女が教えてくれたら連絡先交換してもいいって言ってたって話したら、喜んで引き受けてくれた」
他人をダシに使うなや! しかしガラが悪そうな奴らとは文化会館の連中のことだろうか。矢吹さんと泥棒男の関係を当てたのだから、それくらいは予想の範疇なのだろう。
間を置かずさっきのスタッフがこちらに歩み寄り、レシュリスカヤさんに耳打ちした。
頷き返し中身の残った瓶をそのままに立ち上がる。
「見つかったってよ。行くぞ」
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