第7話 アイドルと鑑賞会
「ねえ見て! この招き猫、子猫ちゃんも付いてるよ」
「あ、可愛い! こっちは江戸時代の着せ替え人形だって!」
「なあ、もう良いだろ? さっさと次のコーナー行こうぜ」
「駄目」
「え~」
きゃいきゃいとはしゃぐ一団は矢吹さんのグループだった。入学してまだ日が浅く同性で動く者が多い中、彼女のグループは男女が揃った比較的珍しい組み合わせだった。
何でも近くの席に居た者同士でお喋りするようになり、流れで班を作ったらしい。
「不思議だな……」
「へ? 急にどうしたの?」
「だっていくら席が近いからって、それだけであんなに仲良くなれるなんて思わなかったから」
「そうかな? 話しているうちに自然と友達になってたよ。メンバーを決めるときはちょっと渋ってたけど、折角だからもっとみんなとお話ししたいって言ったらOKしてくれたし」
こてんと首を傾げた矢吹さんに内心凄いなと感心する。確かに友達なら一緒に回りたいと思うだろうが、いざ誘おうとなったら躊躇ってしまうもの。
相手が異性でしかもアイドルなら尚更だ。けれども矢吹さんは臆することなく自分から踏み出した。
普通なら恥ずかしくて言えないことも、さらりと口にして壁を取り払ってしまう。きっとこの朗らかな人柄に惹き付けられるのだろう。
さっき顔を合わせた時も僕の眼帯に触れなかった辺り、外見や雰囲気を大して気にしない性分みたいだ。
「矢吹さんって友達作るの上手そうだね」
「そんなことないよー。私これでも結構怖がりなんだよ? 実際、古賀君に声かけるのも緊張して……」
失言と思ったのか窄まる語尾。何だかんだ言っても第一印象というのは人物像を見る上で大きな比率を占めるのは事実だ。
僕だって普通の見た目だったらああしてハブられることも……いや、あれは単にコミュニケーション不足が原因なだけだった。気を悪くするといけないから取りあえずフォローしておくか。
「ご、ごめんね?」
「別に謝らなくても良いよ。昔からこうだったから慣れっこなんだ。でも驚いたな。全然怖がってるようには見えなかった」
「う~ん、古賀君って怖いっていうより話しかけ辛そうってイメージの方が強いんだよね。何を考えているか分からないっていうか……ミステリアスな感じ?」
良い感じの言い回しをありがとうございます。でもそれって言い直す必要特になかったんじゃないかな? 最初にマイナス表現出てきちゃってるし。
ツッコむべきか迷っているうちに展示品に目移りした矢吹さんが「これ可愛い」と呟く。そこにあったのはボウリングのピンに似た大中小の物体に犬の絵柄が付けられたものだった。
「へえ~、このワンちゃんの中に小さなワンちゃんが入れるらしいよ」
「マトリョーシカだね。確かロシアの伝統人形だったか」
「面白いね。そういえばこの前の転入生もロシアから来たって言ってたっけ」
「転入生?」
奇妙なワードに反射的に問い返す。次いでに心当たりのある人物の顔が浮かび上がった。これは意外なところから情報が舞い込んだものだ。
「あれ知らない? 先月から登校してきてるんだけど、とっても綺麗だって有名だよ。私も遠くからしか見たことないけど、すぐに分かるくらい目立ってたもん」
「その人のクラスって分かる?」
「帰国子女だったら多分特進科のA組じゃないかな? ほら、あそこって似たような人も多いから」
勉学にも力を入れている麦ヶ丘高校には特進科と呼ばれるクラスが存在する。学年ごとに成績優秀者を選りすぐって編成したクラスで、特別に組まれたカリキュラムに従い普通の生徒より進んだ授業を行う。
いわばこの学校の主戦力に相当する人材で、将来的に国立や上位の私立大への進学も多く、中には留学を選択肢に入れている人も珍しくないんだとか。まだ若いのに立派だなんて感心したものだ。
「何々? 男の子だから気になっちゃう?」
童顔に似つかわしくない噂話が大好きなお姉さんみたいに矢吹さんがからかってくる。変に勘繰られたくないので僕はバッグからポケットサイズのある物を取り出した。
「これは……生徒手帳? ルフィナ・レシュリスカヤって……転入生さんと同じ名前じゃない」
「先週偶然拾ったんだ。見慣れない顔立ちだからもしかしたらと思って」
興信所のくだりは伏せておくことにした。話してしまえば更にややこしい事態になりかねない。
「じゃあそのまま届ければ良かったのに」
「生憎と連絡が取れなかったんだよ。それにA組に出向くのも気が引けちゃって……」
「あ~それは言えてるかも」
特進科の男女比率はおよそ3:7。華やかなのは結構だけどそこに直接足を運ぶのは雰囲気的に中々厳しい。ましてや僕のようなベンチ枠に呼ばれたら、本人も困ってしまうだろう。
「出来ればこの時間を利用してさり気なく渡せたらなって……」
「そうだね。それなら変な噂とかも立たなくて済むかも…ねえねえ古賀君、早速チャンス到来みたいだよ」
こっそりと矢吹さんが指差した先には、学生証の写真と同じ顔がぶらついている姿が。噂をすれば影が差すとはこのこと。用事をさっさと終わらせよう。
「でもなあ……」
条件はそろっているのにどうしても足踏みしてしまう。理由は簡単。当の本人が1人で行動しているからだ。
見たところグループらしき生徒はなく、誰もかれもが遠巻きに眺めるばかりで近寄る者すらいない。
レシュリスカヤさん本人はどこ吹く風といった様子で、ピカソの作品を彼の人格を模倣したAIの解説を聞きながら眺めている。
話しかける側としては悪目立ちすること受け合いで些かやりづらい状況だった。
そんな彼女の前に2人の人影が躍り出る。適度に着崩し日に焼けた肌は体育会系、恐らくはサッカー部だろう。
慣れた様子で話しかけ、パンフレットを見せている。ここで会話を盛り上げて班を組んでくれれば、こっちのハードルもグッと低くなる。
頑張れ! 僕らの橋渡し役は君たちに任せた!
他力本願全開で見守る中、微塵もつまらなさそうな様子を隠さないレシュリスカヤさんがようやくアクションを起こした。
口を開いた途端に固まったサッカー部は、次第に肩を震わせ、遂にはそのままお通夜に参列しそうなほど項垂れて去っていった。
哀愁を漂わせている猫背が涙を誘う。
「失敗したみたいだね……」
「陽動は効かなかったか。もうこうなったら特攻覚悟で行くよ。ありがとう矢吹さん。また来世で会おうね」
「そ、そこまで大袈裟なことじゃないでしょ。次は私が行ってみるよ。上手くいったら古賀君に合図するから」
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