秋作さんとゆかりさん


 黒ヶ崎からバベル社がまた悪だくみを考えているかもしれないという情報が入った。


 その話を聞いた結衣花が訊ねてくる。


「これからどうするの?」

「とりあえず、秋作さんのところへ行ってみるか。狙うとすればそこしかないわけだし」

「そうだね」


 狙うとすれば秋作さんのところしかない。

 もしかしたらまた暴力に訴えてくるかもしれないな。

 ここは警戒しておいた方が良さそうだ。


 まず四季岡ファミリアのブースに行ってみたが、そこに秋作さんはいなかった。

 続けて俺達は展示会場内の廊下を探してみる。

 

 すると突然、結衣花が俺の腕を引っ張った。


「あ……。お兄さん、隠れて」

「うぉ!?」


 ちょうど人が少ない曲がり角の隅に、俺と結衣花は隠れた。


「なんだよ。急にひっぱりやがって」

「しっ。黙って」


 なにかあるのかと思って見てみると、少し離れた自販機の前で、秋作さんとゆかりさんがドリンクを飲みながら立っていた。


 秋作さんはゆかりさんに自分の存在を知って欲しくて無茶をしてきた。

 そして今、ようやく再会できたというわけだ。


「ひさしぶりですね。ゆかりさん」

「ええ。まさか四季岡ファミリアのリーダーが秋作さんだったなんて、驚いたわ」

「ははは。僕もまさかこんな立場になるなんて思いもしませんでした」


 お互い普通に会話しているが、明らかに緊張している様子が伝わってくる。


 無理もない。

 おそらく二十年ぶりくらいの再会だ。

 これで緊張しない方がおかしい。


「……なんかすごい場面に出くわしたな」

「うん。どうなるのかな……」

「結衣花も意外とこういうのが好きなんだな」

「気にならない方がおかしいよ」

「まぁ、そうだな」


 隙間からこっそり状況を見てみると、二人はぎこちなくも会話を進めていた。


「すごいわね。こんなすごいシステムを作ってしまうなんて」

「僕はみんなの力をまとめただけで、特別なことはしていませんよ」

「そう言いながら得意げなところも昔のままね」


 昔を思い出したからなのか、ゆかりさんは優しい表情で笑う。

 今までずっとクールな女性というイメージだったが、この時のゆかりさんはまるで女子高生のような無邪気さを身にまとっていた。


 きっとあれが素のゆかりさんの顔なのだろう。


 俺はひそひそ声で結衣花と話をする。


「今のところ、平和的に話が進んでいるみたいだな」

「このあと秋作さんがお母さんを抱きしめたらどうしよう」

「ならないだろ」

「なった方がドラマみたいじゃない?」

「楽しみすぎじゃね?」


 俺達、バベル社の悪だくみを防ぐために行動していたはずなのに、なんでこんなことをしてるんだ?

 まぁ、この状況が気になると言えば気になる。


 ……と、ここで秋作さんが真剣な表情になった。


「ゆかりさん。学生時代、辛い思いをさせてしまって……ごめんね」

「……大丈夫よ。私は今の生活に満足しているから」


 二人はそれから少しの間だけ話して、別々の方向へ歩いて行った。

 もしかすると大変な事態が起きるのではと心配したが、杞憂だったようだ。


 壁に隠れたまま、結衣花は気が抜けたようにため息をついた。


「……はぁ。何事もなく終わっちゃったね」

「何かあって欲しかったのか」

「そうじゃないけどさ。学生時代に失恋してそれっきりってさびしいかなと思って」


 それはわからなくもない。

 失恋した後、切り替えて生きていくことは大切だ。

 でも、そうだとわかっていても引きずってしまうのが人間でもある。

 実際俺だって、雪代と再会するまで結構引きずってたからな。


 しかし……バベル社が疑似直感AIを狙っているという話はデマだったのか?

 秋作さんに周りを嗅ぎまわっているやつもいないし、ブースの周辺でも怪しい人間はいなかった。


 ……と、その時だった!


「のぞき見なんて、感心しませんね」

「「ひっ!?」」


 現れたのは、ついさっきまで話をしていた秋作さんだった。

 にっこりと微笑んでいるが、ガッツリとプレッシャーを放っている。


 微笑みながら威圧感を出すところは、楓坂と一緒だな。


「えっと……、気づいていたんですか?」

「途中からですけどね。こう見えて、視野は広いんです」


 これは怒られるかなと思った時、秋作さんは静かに頭を下げた。


「笹宮君にはお礼を言っておかないといけませんね。もしあのまま暴走して疑似直感AIの技術を公開していたら、きっと彼女から白い目で見られていました」

「そんな……」

「笹宮君。そして結衣花さん。本当にありがとう」


 紳士的な態度を崩さなかった秋作さんだったが、今は誠実さがにじみ出してた。


 この言葉は秋作さんの心からの言葉なのだろう。


「秋作さん。実はちょっと妙な話を聞きまして。バベル社が疑似直感AIの横取りを企んでいるかもしれないんです」

「ああ、あの会社ですか。いつもの事ですから気にしなくていいですよ」

「え?」

「バベル社の内情は美桜さんを通じて聞いていますので、問題ありません。すでに重要な情報はブラックボックス化してありますから」

「そう……ですか」


 ……やっぱり、おかしい点はないということか。

 警戒しすぎだったかな。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、楓坂から話が?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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