結衣花、あきれてます!


 今俺は次世代AI展に来ている。

 担当している四季岡ファミリアのブースは盛況だが、俺自身は仕事とは全く関係ないところでピンチに陥っていた。


「はぁ……」

「……」


 結衣花の全てを諦めるような深いため息を聞いて、俺は言葉が出なかった。


 ついさっきまで音水と楓坂に挟まれてあたふたしていたのだが、遅れてやってきた結衣花のおかげで窮地を脱することができた。


 音水は今、四季岡ファミリアのブースを手伝いをし、楓坂は他のブースのチェックに行っている。


 そして俺と結衣花は控室の椅子に座って待機していた。


 だが、結衣花の機嫌はかなり悪い。

 まぁ、俺のせいなんだけど……。


「ねぇ、お兄さん。人って成長する生物って知ってる?」

「はい……」

「なのにどうしてお兄さんは一年経っても全然成長しないの?」

「すみません……」

「まぁね。お兄さんに成長を期待した私も悪かったと思うんだよね。できないことを勝手に期待するのって、一種の過保護かもしれないし」

「俺……、泣いていい?」

「ダメ」


 特に音水や楓坂に苦手意識はないのだが、時折二人は妙なプレッシャーを放つ時がある。

 それに挟まれると、なにも言えなくなるんだよな。


 しかしここに来て、未だに結衣花がいないとなにもできないというのは確かに問題だ。

 どうにか改善をしたいものだ。


 ……と、ここで結衣花はとくに変化のない控室を見渡した。


「でも展示会って、仕事をする側から見るとこんな風に見えるんだね」

「やっぱり特別に感じるのか?」

「ううん。むしろ、特別感がないっていうか……」

「……まあな」


 展示会は表舞台は華やかだが、裏に回ると本当に地味だ。


 クライアントやスポンサーが来れば案内をしたりするし、トラブルがあれば真っ先に行動する。


 だが、大半の時間は待機だけで、何もできない。


 出展する企業の人達が思いっきり働いている裏で何もできないのは、ある意味苦痛だ。


「俺達が見ているのは全体のごく一部だから、どうしても人の活気を感じにくくなるんだ」

「コミケとかでも?」

「ああ。休憩時間に外に出たりすると浦島太郎状態だぜ」

「やめたくなった時とかあるの?」

「まぁ、しょっちゅうあるな。俺は営業だけど、それでも体力勝負みたいなところはあるし、なにより……」


 ――才能のある人間ばかり見ていると、劣等感を覚える。


 そう言いかけた俺は話す途中で言葉を切った。


 なぜなら隣に座る結衣花も、才能がある側の人間だからだ。


 もし俺が抱えている不安を口にしたら、彼女の横にはいられなくなりそうで怖くなった。


「どうしたの?」


 結衣花は不思議そうな顔で訊ねてきた。


 はぁ、ダメだな。

 こんなことで焦るなんて、歳を取った証拠なのかもしれない。


 俺は不安を胸の奥に押し込んで、空元気で返事をする。


「いや、何もない。……っと、電話?」


 話をそのまま続けようとしたタイミングで、俺のスマホに着信が入った。

 見てみると、見たことのない番号だ。

 誰だ?


『はい、笹宮ですが……』

『くくく……。ど~も、お久しぶりです。笹宮さん』

『このねちっこい喋り方……。お前、黒ヶ崎か……』

『はい、私です。黒ヶ崎です。くくく……』


 蛇顔で気持ちの悪い喋り方をする男……。

 以前、楓坂家に入り込んでトラブルを引き起こしていたやつだ。


 言うまでもなく、俺はこいつが嫌いだ。


 隣に座っていた結衣花が小声で訊ねてくる。


「またあの人? 変な人に好かれるよね」

「さすがの結衣花も、黒ヶ崎のことはサラッとディスるよな」

「そりゃそうでしょ」


 まっ、二度と俺達にちょっかいを出せなくなり、しかも今はヨーロッパ。

 今はもう俺達に危害を加えることはできないだろう。 


『で、なんだよ。俺は今仕事中なんだけど』

『つれないですねぇ。せっかく情報提供をしてあげようと思って連絡したのに』

『はぁ?』


 情報提供ねぇ……。

 こいつの話ってイマイチ信用できないんだけど。


 猜疑心バリバリの俺を無視するかのように、黒ヶ崎は話を続けた。


『今、ソフトウェア開発会社のコンサルをしているんですが、変な話になってるんですよ』

『なにかあったのか?』

『ええ。バベル社が疑似直感AIの技術を提供すると売り込みに来たんです』

『なっ!? どういうことだ!』


 バベル社はザニー社のライバル企業で、非道な方法でのし上がってきた企業だ。


 以前、張星という元ザニー社の社員を使ってスパイ活動をさせたり、旺飼さんを襲ったこともある。


 厄介なのが、自分達の手を汚さない姑息さだ。


 しかし、疑似直感AIの技術は秋作さんが公開しないということで危険は完全に回避されたはずだった。


 今さら何もできないと思うが……。


『もしかして、まだ悪だくみを考えてるのか……』

『でしょうね。こちらはバベル社のことは信用しないという方針ですが、技術を持たないのに商談を持ち掛けるなんておかしでしょう?』

『確かに……』

『じゃあ、せいぜい頑張ってください。では……』


 黒ヶ崎との電話が終わると同時に結衣花が訊ねてくる。


「どうしたの?」

「あぁ、バベル社がまだ悪だくみを考えているらしくてな」

「バベル社って、ザニー社のライバル企業だっけ?」

「ああ。あいつら、一体何を考えてるんだ」


 どうやら最後にもう一波乱がありそうだ。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、まさかの人物が笹宮にとんでもないことを!?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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