いつもの前振りの後は?


 通勤電車に乗っていた俺は、昨日秋作さんと話したことを思い出していた。


 秋作さんも電車に乗っている時に女子高生になつかれて、彼女とのやり取りを楽しみにしていたらしい。

 だが付き合うわけにもいかず、結局振るような形になってしまった。


 初めてゆかりさんに会った時、『結衣花を悲しませないでほしい』と言っていたのは、そういった経緯があったからなのだろう。


 あの頃からゆかりさんは、自分の高校生時代を思い出しながら、俺と結衣花のことを見守っていたのか。


 母は強しというが、本当……すごい人だよ。


 さて、そろそろ俺になついている女子高生がやってくる時間だ。


 電車のドアが開き、少し短めのスカートを揺らして生意気な女子高生が俺のそばまで歩いてきた。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ、結衣花」


 声はフラットテンションだが、一年前に比べて彼女の表情はとても豊かになっていた。

 いや、色彩豊かになったという表現の方がしっくりくる。


 自然体でいる時も、結衣花の感情がなぜか伝わってくるのだ。


 だから彼女の機嫌がいい時は、俺もついリラックスしてしまう。


 おっと。まずは秋作さんのことを話しておこう。

 結衣花にはいろいろと相談していたから、結果はちゃんと報告しておかないとな。


 それから俺は秋作さんとどういう話合いをしたのかを簡潔に伝えた。


「……ってわけで、もう心配せずに仕事ができるようになったってわけだ」

「そっか。お兄さん、がんばったね」

「結衣花達が力を貸してくれたおかげだ」


 特に今回、結衣花にとっては自分の母親の過去を知ることになってしまった。

 こういうのって娘にとっては、あまり知りたくないことだろう。


 結衣花はぼんやりと車内を眺めながら話を続けた。


「でも、やっぱり社会人と女子高生の恋愛って難しいんだね」

「……そうだな」


 秋作さんは俺と結衣花がくっつくことを応援しているそぶりを見せていた。


 だが、結衣花にその気があるのか?

 もしそうだったら、俺はどうすればいいんだ?


 そんな事を考えていたからなのか、結衣花が不思議そうな顔をしていることに気づく。


 やっべ。なにか別の話題を振らないと……。 


「そ……そういえば、今日は腕を掴まないのか?」

「掴んで欲しいの?」

「まぁ、いつも通りにしてくれた方が、俺の調子は安定するわけなんだが」

「腕を掴んで欲しいとか、変な会社員さんだね」

「今までずっと掴んできたのは結衣花だろ」

「私はスタンションポールに掴まっていただけだもん」

「俺の腕だけどな」


 もうすぐこうして話をするようになって一年が経とうとしている。

 なのに俺の存在はまだスタンションポールのままかよ。


 とはいえ結衣花のことだ。

 きっと照れ隠しなんだろう。


 だが、今日に限って腕を掴んでこないのは、秋作さんとゆかりさんの話を聞いたからだろう。


 もしかして、俺が迷惑に思っているとか考えているんじゃないだろうな……。


 ここはきっちり自分の気持ちを言った方が良さそうだ。


「まー、なんつうか……。そうだ。アレだ」

「でた。お兄さんのその前振り。じれったいなぁ」

「茶化すなよ。言いたいことを言う時って助走が必要なんだ。走り幅跳びと一緒だ」

「お兄さんだと着地に失敗しそう」

「もう数えきれないほど失敗してるよ」

「自覚あったんだね……」


 ったく、助走中にストップを掛けられると勢いがなくなるつーの。


 気を取り直して、俺は伝えたい言葉を口にした。


「とにかくだ。俺はこれからも結衣花が隣にいてくれたら嬉しいと思う。他人は他人。俺達は俺達だ。だから、いつも通りでいてくれると……助かる」


 すると結衣花はフラットテンションで答える。


「それ、プロポーズ?」

「違うって。普通に本音をそのまま言っただけだ」

「それはそれで問題発言だと思うけど、まぁいいか」

「結衣花のそういう竹を割ったような性格、嫌いじゃないぜ」

「微妙な褒め方、ありがとう」


 改めて思うが、俺と結衣花の関係は近すぎず、遠すぎず、ほどほどの距離を保っている。


 だからこんなに心地いいのだろう。


「お兄さんがじれったい前振りを言った時はいいことを言ってくれるから、聞く側としては安心かな」

「変な喜び方だな」

「お兄さんに言われたくないし」


 とか言いながら、スカートをフワリフワリと揺らして嬉しそうにしている。


 可愛いところ見せやがって。



■――あとがき――■

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次回、次世代AI展スタート!


投稿は朝7時15分。

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