電車で会う女子高生になぜかなつかれて困っている


 平日の午後。

 次世代AI展まであと数日という時、俺と音水は応接室で秋作さんと打ち合わせをしていた。


 おそらく秋作さんの暴走を事前に止めれるのは、これが最後のチャンスだろう。


 段取りの話を終えた頃合いを見計らって、俺はここ最近で得たことを秋作さんにぶつけることにする。


「秋作さん。この前、展示会場でゆかりさんと会いました。次世代AI展の進行にゆかりさんが参加するそうです」


 秋作さんの動きがピクリと止まり、いつもとは違うぎこちない表情で微笑んだ。

 

「それがなにか?」

「昔、秋作さんはゆかりさんを振ったことがあると聞きました」


 すると隣で音水が「えっ!?」と驚いて俺を見た。


 秋作さんとゆかりさんの関係は音水に話していないから、驚くのは無理もない。


 本当なら秋作さんと二人っきりで話したかったが、今日しかこうして話すタイミングがないのでしかたがなかった。


 秋作さんは少し間を開けてから、わずかに苦笑いをしながら答える。


「その様子ですと、事情は把握しているようですね」


 再び音水が「えぇっ!?」と驚いて秋作さんを見る。


 その秋作さんはと言うと、まるで諦めたように肩をすくめて、今まで秘めていたことを語りだした。


「大学生の頃、通学中の電車でゆかりさんとよく一緒になってね。なぜなのかはわからなかったのですが、いつも話しかけてくれたんです」

「……電車がきっかけだったんですか」

「はい。僕はその時すでに成人していたので彼女と付き合うことはできなかったんですが、それでも嬉しくて、毎日が楽しみでしたよ」


 それは俺と結衣花の関係によく似ていた。

 まるで未来の自分と話をしているような気分だ。


 秋作さんは幸せそうな表情を暗くして話を続ける。


「だから、彼女を振った時は本当に落ち込みました。……その後、ゆかりさんが成果主義に走って、無理に結果を上げようとしていたと聞いた時も……」

「そこまで好きだったのなら、振らずに待っていればよかったんじゃないんですか?」

「笹宮君ならわかると思いますが、大人と女子高生という状況になった時点で、大きな壁を感じるんですよ」


 それはわからなくもないことだった。


 俺が結衣花に恋愛感情を持てないのは、結衣花が十歳年下だからということだけでなく、『女子高生』というレッテルがまるで不可侵の障壁のように感じているからだ。


 雪代に『あと一年待って結衣花と付き合えばいい』と茶化されたこともあったが、そう簡単な話ではない。


「だから困りました。毎日彼女の声を聞くのが嬉しくて、辛かった。『なつかれて困る』なんて変な話ですが、大人と女子高生の恋なんて障害だらけでメリットなんてないんですよ」


 それで気持ちを断ち切るために、ゆかりさんを振ったわけか。

 両想いだということを知っていると辛い話だ。


 俺は秋作さんが話し終えるのを待って、慎重に言葉を選びながら核心に迫る。


「……でも、まだゆかりさんへの想いは捨てきれていない。だから誰もが驚く疑似直感AIのデータを公開して、ゆかりさんに今の自分を見てもらいたかったんですね」

「そうですね。……というより、自慢したかっただけかもしれません。笑われそうですが、今のご主人より僕の方がすごいって思って欲しかったんです」


 いや、笑えねぇだろ。

 結婚して子供がいる男が考えるようなことじゃないぞ。


 自分と似ていると感じている秋作さんのそんな一面を見て、俺は思わず嫌悪感を抱いた。


 その感情が表情に現れていたようで、秋作さんは慌てて弁解をする。


「念のために言っておきますが、私は今の妻のことを愛しています」

「説得力、あんまりないんですけど」

「笹宮君も歳を取ればわかりますよ。妻への愛情と初恋への気持ちは別モノなんです。でも……カッコ悪い生き方であることに違いはありませんが」

「……そうですね」


 歳を取ればわかる……か。


 もし結衣花を突き放すようなことをしたら、まるで俺も秋作さんと同じようになるような言い方だ。


 気に入らない気持ちはなくもないが、今は直近の問題を解決することに集中しよう。


「もう一度お願いします。疑似直感AIのデータを公開せず、今はランキングシステムの発表だけに留めてもらえませんか」

「ハッキング被害を防ぐために……ですか?」

「はい。世間を騒がすようなことをしなくても、ゆかりさんはきっと秋作さんのことを認めてくれます」


 しばらく秋作さんは黙ったまま俺を見ていた。

 そして……、


「そうですね……。うん、わかりました。僕は少し冷静さを失っていたようです」

「じゃあ!」

「はい。疑似直感AIのデータはブラックボックスにし、慎重に管理するようにします」


 そして秋作は静かに微笑む。


「ありがとうございます、笹宮君。君に仕事を依頼して本当によかった」


 こうしてしばらく続いた疑似直感AIを巡る問題は解消され、俺達は心置きなく次世代AI展に集中することができるようになった。


 秋作さんが帰っていくのを見送った後、隣にいた音水が遠慮がちに訊ねてくる。


「あのぉ~、笹宮さん……。私、話についていけなかったんですけど……」

「あ……、すまん」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、結衣花への報告。だけどいつもと違う反応が?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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