変化の兆し
もし疑似直感AIの技術を公開してしまうと、多大なハッキング被害が起きるかもしれない。
そのことを知った俺は旅館に戻り、まず秋作さんを説得するところから始めてみた。
だが……、
『あっはっは。それはダメだよ』
秋作さんは電話の向こうであっさりとそう言い切った。
『疑似直感AIはね、全ての人に公開するべきだと思うんですよね。その方が技術の発展に繋がると思いませんか?』
「しかし、ハッキング被害が起きたらどうするんですか」
『世界中には多くの天才がいます。きっとその人達がなんとかしてくれるはずですよ』
「なんとかって……」
『笹宮君の口癖ですよね?』
「……ッ!」
俺の言葉に詰まったことに気づいたのか、電話の向こうで秋作さんがクスッと笑った声が聞こえた。
『僕はね、より面白いことを追及したいんですよ。それだけです』
そう言い残して秋作さんは電話を切ってしまう。
終始、秋作さんのペースだったな。
俺は部屋に備え付けの椅子に座って、頬杖をついた。
「ダメだ。説得できるかもしれないと思ったが、全然話にならない」
「のれんに腕押しって感じだったね」
すると、ベッドに座っていた楓坂が話に入ってきた。
「お父様はいつもあんな感じですよ。よくお爺様が『アイツと話すとペースが乱れる』と言って、避けていたくらいですから」
楓坂の爺さんってあの怖い顔をした幻十郎さんか。
あの人が避けるくらいだから、よほどのことだろう。
「それにしても変ですね。お父様は天然でタイミングの悪い人ですが……」
「実の父親なのに、評価がボロクソだな」
「でも破滅思考の人ではありません」
それは俺も同意見だ。
秋作さんは確かに変わってはいるが、今まで話した印象では行動に筋が通っている。
どうして今回だけ暴走しているんだ?
しかし、ヒントは掴んだ!
さっき秋作さんは『面白いことを追及したい』といった。
もし秋作さんが疑似直感AIの技術を公開するとしたら『次世代AI展』の後のはずだ。
だとすれば次世代AI展が終わるまでに、より面白いアイデアを伝えることができれば説得できるかもしれない。
となれば、企画力のある音水に相談してみるか。
……ここで楓坂が俺を見つめていることに気づいた。
「え……、なに?」
「なんですか?」
「じ~っと見てたから」
「見てませんよ」
「いや、見てたって」
「気のせいじゃないですか」
「そうか?」
「そうですよ」
おかしいな。
確かに見ていると思ったんだが……。
とはいえ、特にこれと言って問題があるわけでもないし、まぁいいか。
すると、今度は結衣花が急に立ち上がった。
「あー、そうそう。私、散歩に行ってくるね。一人でブラブラしてみたかったんだ」
「あ……ああ。なんだか急だな」
「そんなことないよ」
そして結衣花は俺に近づいて、とても小さな声で耳打ちをしてきた。
「ちゃんと、楓坂さんに優しくしないとダメだよ」
「お……、おう……」
結衣花はそのまま部屋を出て行く。
本当に一人で散歩に行ってしまったのだろうか。
「結衣花さん、どうしたのかしら?」
「なんか今日は様子がおかしいんだ」
「一日目は何もありませんでしたよね?」
「そうだよな……」
それにしても……優しくねぇ。
変な気遣いを楓坂は嫌がるだろうし、どうしたらいいんだろうな。
「せっかくの旅行なのに仕事の話ばかりだとストレスが溜まるわ。今から息抜きでもしない?」
「そうだな。楓坂は何をしたい?」
「ん~、抱っこ」
「おい、大学生」
「うふふ。笹宮さんの呆れ顔、本当に何度見ても飽きませんね」
「バカにしてんだろ」
いつもならここで話が終わるところだが、さっき結衣花に『優しくするように』と言われたばかりだ。
しゃーない。
おもいっきり甘やかしてやろう。
「じゃあ、持ち上げるから手を上げてくれ」
「はぁ!?」
「抱っこして欲しいんだろ?」
「い……、言いましたけど……本当にするなんて……、あたっ!?」
「大丈夫か? おもいっきり壁に頭をぶつけたぞ」
「んんんん~っ!」
恨めしそうに俺を見る楓坂。
……え? 俺、悪くないよな?
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
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次回は久しぶりに【結衣花視点】のお話です。
投稿は朝7時15分。
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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