ロビーの端で……


 旅館に宿泊した翌朝、少し早く目が覚めた俺は朝食前にコーヒーを飲もうとロビーに降りた。


 するとフロアの手前にある壁際に、浴衣姿の結衣花がいた。


「よぉ、結衣花」

「あ……。えっと……、おはよ。お兄さん」


 なんだ? 戸惑っているように見えるが……。


「何かあるのか?」

「ううん。スマホどこにいったのか探してたんだけど、部屋に忘れてたみたい。取ってくるね」


 結衣花はそういうと、急ぐようにエレベーターに乗ってしまった。


 どうしたんだろう。普段の結衣花らしくないな。


 ん?

 よく見たら、手にスマホを持ってるぞ。

 うっかりミスなのか?


 結衣花の行動がおかしいとは思いつつも、俺はロビーの端にあるコーヒーメーカーを使用して、紙コップにコーヒーを淹れる。


 そして空いているテーブルでゆっくりしようとした時、隠れるように楓坂がノートパソコンを操作している姿が見えた。


「おはよう、楓坂」

「……笹宮さん。……ふふ、おはようございます」


 んん? 今度は楓坂の様子がおかしい。

 いつものキレがない。


 普段の楓坂ならここで毒舌で俺をイジってくるはずなのに、これでは調子がでないじゃないか。


「なにしてるんだ?」

「場所を変えて少し作業をしてみようと思いまして。でも……うまく行かなくて」


 俺達は今、六月に開催される次世代AI展に向けて動いている。

 秋作さんの真意を確かめるこの旅行だって、次世代AI展で成功するためだ。


 でもプロモーション動画の制作を担当している楓坂の作業は、思う通りに進んでいないようだった。


 そもそも楓坂達がこの旅行に参加した理由も、動画制作がうまく行かないので気分転換しようという意図があると聞いてる。


「結衣花の絵が変わったって聞いてるけど、そんなに難しいものなのか?」

「そうですね……」


 楓坂はファイルを保存した後、ノートパソコンを閉じた。


「動画編集って一秒ごとにアイデアを詰め込んでいく必要があるんです。けど私のセンスと今の結衣花さんの絵柄が微妙に噛み合わなくて素人っぽくなってしまうんですよ」


 一秒ごとにアイデアか……。

 普通に動画を見ている時は気づかなかったが、そんなに動画編集って考えるものなんだな。


 特に今回は展示会のプロモーション動画だ。

 わずかな時間で確実に視聴者を惹きつける必要がある。


 すると楓坂はうなだれるように下を向いてため息をついた。


「私……才能ないのかしら……」

「楓坂……」


 思っていた以上に悩んでいたんだな。

 もしかして、昨日温水プールであんなに大胆になったのも、不安を抱えていたからだったのかもしれない。


 そして結衣花。

 さっき挙動がおかしかったのは、楓坂が悩んでいることに気付いているからだろう。


 ここは俺が何とかしてやらないと……。


「安心しろ。楓坂ならきっとできるって」

「どうしてそう思うんですか?」

「今までいろんな形で俺のことを助けてくれたじゃないか。歳は離れてるけど、すげぇって思ったよ。だから、大丈夫だ」


 あまり笑うのは得意じゃないが、俺は楓坂を元気づけるために『にぃ!』と口角を上げた。


「それに、俺なんて才能ゼロだけど何とかやってるしな」

「それ……、全然響かないのだけど……。でも……、ふふっ。そうね。根拠が特にないけど、あなたが大丈夫っていうならそうなんでしょうね」


 ようやくいつもの女神スマイルを見せる楓坂。少しは元気が出たようだ。


 その時、俺の腹部に強烈なパンチが入る。


「フンッ!」

「ぐほぁ!?」


 パンチを放ったのは、長い黒髪をサムライのようにポニーテールでまとめている正岡さんだった。


「なぁ~に朝からラブコメしてんだい」

「正岡さん」

「ったく、人が見ているところでイチャつくなんて重罪さね! 最近の若いもんはなってないね!」

「す……すみません」


 ……いや、ちょっと待たんかい。

 なんで俺、怒られてんだよ。

 普通に楓坂を励ましてただけじゃん。


 すると正岡さんはポケットから小さな立方体のオモチャを取り出して俺に渡した。


「ほれ。これやるよ」

「ルービックキューブですか?」

「なんかの参考になるだろ」


 参考? 秋作さんが発表しようとしている新技術『ブロックチェーン・ルービックキューブ構造』の参考にしろってことか?


 なんで急に……。

 この人のやることって唐突だから、ちょっとわからないところがあるんだよな。


 でも、こうして渡されたということは、何かのヒントになるんだろう。


 正岡さんはというと、左右に頭を傾けて首を鳴らし、腕を豪快に組んだ。

 もうあんた、しぐさ全てがサムライだよ。


「それとこの前話した時、『噂』で今の秋作の状況を聞いたって話したよね?」

「はい」

「その噂を聞かせてくれる奴が今日来るんだよ」

「そうなんですか!?」

「近くにバラ園があるから、そこで待ち合わせする予定さね。私の代わりに行ってきな。そいつに聞けば事の真相がわかるよ」

「ありがとうございます!」


 秋作さんに関わる真相がようやくわかる。

 これは今までにない大きな収穫になるだろう。


 しかしその人物って誰なんだ?



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、謎の人物が登場!? 一体どんな人なのか!?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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