結衣花と夜の散歩
温水プールでのぼせた楓坂だったが、しばらく休憩すると回復することができた。
着替えを終えた後、俺は彼女を部屋に送る。
少しフラフラしていたが、これなら大丈夫のようだ。
ベッドに入った楓坂は、申し訳なさそうな表情で、顔を半分だけ布団から出した。
「すみません。笹宮さん」
「気にするな。ゆっくりしろよ」
楓坂とはこういうハプニングが多いが、気弱なところを見てしまうと、どうにも放っておけない。
たぶん明日の朝は恥ずかしさでテンションが下がっているだろうから、何かジョークでも言ってやろう。
部屋のドアを閉めて廊下に出た時、「あれ?」とフラットテンションの声が聞こえた。
「こんばんは。お兄さん」
「よぉ、結衣花」
どうやらお風呂から上がって戻ってきたところのようだ。
浴衣姿の結衣花は髪が背中に付かないように、後ろでまとめている。
結衣花がこうして髪をまとめるなんて、初めて見たかもしれない。
「楓坂さん、どうしたの?」
「ああ。温水プールで一緒になったんだが、のぼせてしまってな」
「……温水プールで? そんなに熱かったの?」
「あー、いや……。……まぁ、少しな」
まさか、イチャイチャしかけてのぼせたなんて言えないからな。
それにお湯の体感温度はさまざまだ。
実際にはぬるかったのだが、もしかすると楓坂は熱かったのかもしれない。
なので、ウソではない。セーフだ。
「ねぇ、ちょっとだけ散歩しない?」
「ああ、そうだな」
◆
結衣花の提案で俺達は夜の散歩をすることにした。
少し歩いた先に川が流れている。
俺達は橋の中央で川の流れと綺麗な星を眺めながら、のんびりとしていた。
「やっぱり東京とは空気が違うな」
「そうだね。夜がこんなに静かなんて不思議」
「明日は海の方を走ってみるか」
「うん。中居さんに聞いたんだけど、鹿児島の間を移動するのにフェリーを使うらしいよ」
「車だぞ?」
「車ごとフェリーに乗るんだって」
「へぇ……。土地が違うとこんなに新しい体験ができるもんなんだな」
秋作さんの真意を確かめようと鹿児島までやってきたが、どうやらそこまで深刻なことではなさそうだった。
秋作さんが暴走気味というのは正岡さんと美桜の意見が一致しているが、それ以外で問題になる要素はない。
あとはのんびり旅行を楽しもう。
「今回の旅行の目的だった正岡さんの話も聞けたし、あとは観光を満喫するか」
すると結衣花は疑問を抱いているような目でを俺を見た。
「……ねぇ、そのことなんだけど、ちょっとおかしくない?」
「何がだ?」
「美桜さんの話だと、疑似直感AIは大変なことになるってことだったけど、正岡さんの話だとそこまで問題があるように感じなかったから」
「まぁな……」
俺も結衣花と同じ考えだった。
美桜から渡されたデータや、旺飼さんから貰った四季岡レポートにもAIに個性を与えるようなことは書いてあった。
だが、そこに『問題になるほどの原因』は書かれていなかったのだ。
SF小説であればAIが暴走して人類を支配するという話になりかねないが、どうもそんな話でもなさそうだ。
美桜は『秋作さんは化物。あの人のことを信用しちゃダメ』と言った。
AI技術そのものではなく、秋作さん自身になにか大きな問題があるということだろうか……。
「まっ、ここで考えても答えは出ない。あとは明日にしよう」
そうさ。言われて見れば確かに疑問はある。
でも今はこの旅行を楽しもう。
せっかくのゴールデンウイークなんだからさ。
旅館に戻ろうとした時、結衣花が俺の腕を二回ムニった。
この力加減から察するに、たぶん楽しいって感情を伝えたいのだろう。
「お兄さんと知り合ってから、いろんなところに行くようになったなぁ」
「そうなのか?」
「うん。以前は外出する時も同じ場所にしか行かなかったし、旅行なんて家族でも行かないから」
「……家族旅行をしないのか?」
「小学生の頃は二回ほどしたけど、それっきりかな。お父さんは仕事が忙しいから」
「そうか……」
結衣花の親父さんには会ったことがないし、詳しい話を聞いたことがない。
なんとなく結衣花は父親になついていることはわかっているが、同時に寂しがっていることも以前から薄々と感じていた。
かといって、あまり内情に踏み込むのは良くない。
ここは角度を変えて、俺ができる範囲でフォローをしてやろう。
「俺が……その……。アレだ。いつもいるんだから、いろんなところに連れてってやるよ」
「……口説いてるの?」
「そうじゃない」
社会人が女子高生を口説いたらヤバいだろ。
今こうして一緒にいられるのだって、ゆかりさんが認めてくれているからだ。
なのに問題発言をサラッと言ってしまうあたりが結衣花なんだよな。
「お兄さんって初めて会った頃はコミュ力が絶望的だったのに、すごく変わったよね」
「コミュ力に関してはまだ自信ないけどな」
「いいんじゃない? お兄さんはそのままの方がいいと思うよ。鈍感じゃないお兄さんなんてウザそうだし」
「ひっで」
そして俺は、思っていたことを話す。
「結衣花は以前よりも自然体になったよな」
「私、元々自然体だよ?」
「そうだけど、以前よりも自然に笑う機会が増えただろ」
「……本当に口説こうとしてないよね?」
「してないって」
「まぁ……いいけど」
俺達の距離感は出会った頃とあまり変わっていないかもしれない。
でもそれは、一緒に成長できているということなのだろう。
どちらにしても、俺は結衣花といる時間が好きだ。
彼女は言う。
「ありがと。お兄さん」
「ありがとう。結衣花」
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
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次回、正岡さんからミッション? 一体なにが?
投稿は朝7時15分。
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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