二人っきりのナイトプール


 旅館に宿泊している俺は併設されている温水プールに来ていた。


 上を見上げると月。立ち上る湯気と囲い代わりの岩。

 ぱっと見た感じでは露天風呂と大差はないが、プールと言うだけあって広い。


 端々が幻想的にライトアップされているのも魅力的だ。


 そんなナイトプールで今、俺と楓坂は二人っきりになっていた。


 足だけをプールに入れた楓坂は、縁に座ったままこちらを見ている。


「よ……よぉ……、楓坂も来ていたのか」

「ええ……。まぁ……はい」


 しかしビキニ姿の楓坂って初めて見るよな。

 相変わらず、なんというか……胸が大きい。

 だが、あんまり見ていると後で何を言われるかわからん。


 心頭滅却、心頭滅却……。


 そういえば結衣花はどこだ?

 楓坂が来ているのだから、たぶん結衣花もいるだろう。


 だが辺りを見回しても生意気な女子高生の姿が見えない。

 奥の方にいるのだろうか。


「もしかして結衣花も?」

「いえ、結衣花さんは普通の浴場の方にいるわ。水着を男性に見られるのが恥ずかしいんですって」

「あいつらしいな」


 結衣花は俺の前では生意気だが、普段は人見知りする方が多い。

 いくら楓坂と一緒とはいえ、知らない男たちに水着を見せるのは抵抗があるのだろう。


「旅館で温水プールってめずらしいですよね」

「そうだな」


 とりあえず、俺も温水プールに入ろう。

 五月とはいえ、まだ上旬。

 裸で突っ立っているのは寒い。


 ゆっくりと温水プールに入ると、じわ~と暖かい温度が俺を包んでくれる。

 しばらくしてすぐに体温はその温度に順応していった。


 俺に続いて楓坂も体を温水プールに入れる。


「ちょっとぬるいかしら」

「温水プールだから、遊ぶことを重視してるんだろ」

「そういうことね」


 さて、入ったはいいがこれからどうしようか。

 俺も楓坂も、プールではしゃぐようなタイプじゃないから、こういう時ってどうしていいのかわからない。


「えいっ!」


 楓坂が『ぴちゃ!』とお湯を掛けてくる。

 子供みたいなことをするよな。


「……なんだよ」

「うふふ。プールといえばこれでしょ?」

「そうか? うーん、そうかもな。じゃあ、俺も」

「反撃は千倍返しですよ?」

「俺、死んじゃうじゃん」


 そんな会話をしながら、俺達はプールの奥の方へ行った。

 ライトアップの淡い光が水面に反射して、独特の世界観が生まれている。

 そんな中を二人でいると言うのは、何とも言えない特別感があった。


 そしてちょうど座るのにちょうどいい岩を見つけた時、楓坂が言う。


「あなたって、意外と筋肉ついてるのね」

「意外ってなんだよ」

「とかいって言われて嬉しいんでしょ?」

「まぁ……、ちょっとな」


 正直、照れくさいという気持ちはあった。

 もちろんそんな感情を見せるわけにもいかず、隠すように俺は岩の上に座る。


 すると楓坂は恥ずかしそうにしながらも、俺の前に立って体がよく見えるように髪を上げる。


「それで私のことは?」

「……綺麗だ」

「うふふ。ありがとうございます」


 さすがにここで本音を隠せるほど俺は器用じゃない。

 変にウソをつくより、思ったことをそのまま伝えた方が恥ずかしさは誤魔化せる。


 俺の隣に座った楓坂は、まるでろうそくの灯が揺らめく程度の声で話し始めた。


「あの……ね」

「ん?」

「本当は私……、あなたが温水プールに来ると思って待ってたの」

「俺、ここに立ち寄ったのは偶然だぞ?」

「隣に住んでいる時、笹宮さんが今なにをしているかってよく考えていたから、なんとなくわかってっていうか……」

「そ……、そうか」


 温水プールなのに縁に座っていたのは、遊ぶためじゃなく俺を待っていたからなのか。

 そういうことをされると、感情が激しく揺れそうになる。


「笹宮さんって、たしか雪代さんと学生時代に付き合っていたのよね?」

「ああ、まあな」

「こうやって水着デートとかしたことあるの?」

「雪代の水着は見たことあるけど、二人っきりっていうのはないな」

「ふぅん。いちおう見た事はあるのね」

「高校生の時だぞ?」


 わかりにくかったが、少し楓坂がふくれっ面をしたように見えた。

 まさかこんなことでヤキモチを妬いたのか?


 だからかもしれないが、ここで彼女はとんでもないことを言い出した。


「じゃあ、水着の上から触ったこととかあります?」

「え? いや、ないけど……。さすがにそれはダメだろ」

「誰もいませんよ」


 そういって楓坂は主張するように、手を胸の上に置く。

 ビキニの隙間から見える胸のふくらみが一層強調されたように感じた。


「他の人よりにしていないようなことを、して欲しいの……」

「楓坂……」

「笹宮さん……、私……」


 ナイトプールに二人っきりというシチュエーションというのもあるのだろう。

 まるで鎖に縛られたような緊張と、溶けるような甘さが俺を支配していく。


 そして彼女は……、


「のぼせました……」

「楓坂!?」


 さっきまでの雰囲気はどこへやら、楓坂は急にフラフラとし始めた。

 結局、俺は楓坂を控室に運ぶという形で、水着姿の彼女に触れることとなる。


 ちなみに少しだけ胸に触れたが、これは不可抗力と言っておこう。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、夜空を見ながら結衣花と……。


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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