通勤電車で会う女子高生に、なぜかなつかれて困っている

飛行機と赤ちゃん

　時間になったので、俺達は飛行機に搭乗することになった。

　機内に入り細い通路を歩く途中、結衣花が話掛けてくる。

「お兄さんの席はどこなの？」

「えっと、一番後ろの通路側だな」

「そっか。私達は後ろから三列目だから、ちょっとだけ離れてるね」

「俺にイタズラできなくて残念だな」

「本当にそうだよ。一番楽しみにしてたのに……。はぁ……、がっかり」

「冗談で言ったのに、そこまで落ち込むフリをしなくても……」

　そんな会話をしている時だった。

「おぎゃーっ！　おぎゃーっ！」

　ちょうど俺が座る座席の通路を挟んで隣で、若い母親に抱かれている赤ちゃんの泣き声が聞こえた。

　きっと慣れない環境でストレスを感じているのだろう。

　すると母親の隣に座っているカップルの男が怒鳴り声を上がる。

「おい、うるせぇぞ！」

「す、すみません」

　近くで赤ちゃんの泣き声が気になるのはわかる。

　だが母親だって悪気があっての事じゃない。

　それにあんな風に怒鳴ったら、よけい赤ちゃんは泣き止まないだろう。

　あんまり他人事に首をつっこみたくないが、ここは少しだけおせっかいをするか。

　俺はカップルの男に近づいて、無愛想な表情で淡々と言い放つ。

「アンタの方がうるさいんだよ。静かにしろ」

「ひ……っ！　人相わるっ！」

「言い方、ひどくない？」

　無愛想な顔とはよく言われるけど、ガラの悪い男からそんなふうに言われるとさすがにへこむ。

　まぁ、俺の人相のおかげなのか男は静かになってくれたので、とりあえず良しとしておこう。……くすん。

　若い母親は俺に向かって頭を下げた。

「すみません」

「いえ、気にしないでください」

　だが、赤ちゃんのぐずりはまだ収まっていない。

　困ったな。

　なんとかしてやりたいが、俺も赤ちゃんとどう接していいのか詳しくない。

　クイクイ。

　気が付くと、結衣花が俺の服の袖を引っ張っていた。

「お兄さん、どうしたの？」

「結衣花か。実は赤ちゃんが泣き止まないらしくて困ってるそうなんだ」

「そっか。うーん、ちょっと場所を変わってくれる？」

「手があるのか？」

「うん。やってみないとわからないけど」

　結衣花は泣いている赤ちゃんにゆっくりと近づき、その小さな手を指でトントンと叩く。

　最初はタタタタンッと早めのテンポ、そして次はゆっくり。

　まるで曲を奏でるようなリズムは、徐々に赤ちゃんの気持ちを安らげた。

　すると赤ちゃんは「きゃきゃっ」と笑い出した。

「よかった。うまく行ったみたい」

「すごいな、結衣花」

「何度か保育園のお手伝いをしたことがあって、その時に教えてもらった方法なの。赤ちゃんはリズムに敏感なんだって」

「へぇ」

　そういえば以前、赤ちゃんが泣き止む動画ってあったが、あれってほとんどが音楽とかなんだよな。

　しかしそれを知っていたからといって、ちゃんと効果を表現できるのはすごいことだ。

　たいした才能だよ。

　続けて結衣花は訊ねてくる。

「ねぇ、お兄さん。そこのカップルさんと私と楓坂さんの席を交換ってできるのかな？」

「ああ、事情を話せばできるはずだ」

　俺はすぐに近くにいた添乗員に声を掛け、席替えをお願いした。

　添乗員もこちらの様子を伺っていたらしく、すぐに事情を呑み込んで対応をしてくれる。

　一方結衣花は添乗員が放つオーラが苦手なのか、怖がるように俺の腕に掴まってきた。

　初対面の大人を怖がるクセはなかなか抜けきらないようだ。

　こうしてガラの悪いカップルは移動し、結衣花たちは母親の隣に座ることとなった。

　席替え中、すれ違った楓坂が俺のことをジッと見つめてきた。

「なんだよ、楓坂」

「別に……。ただ、あなた達の息が合ってるように見えたから」

　俺と結衣花が？　どうなんだろうか。

　確かに俺達は相棒って感じがするし、傍から見れば息が合っているように見えるのかもしれない。

　しかし結衣花大好きっ子の楓坂からみれば、面白くないのだろう。

　よし！　ここはフォローしておいてやるか。

「楓坂と結衣花も息ピッタリじゃないか」

　すると楓坂はぷくっと頬を膨らませる。

「鈍感」

「なにがだよ」

「私は……あなたと息を合わせたいのよ……」

　とても小さな声でそうつぶやいた楓坂の表情は、みるみる真っ赤になっていく。

　そしていつものように涙目になって、

「んんんむむむむむ～っ！」

「おまえが泣き顔になってどうするんだよ！」

「二人とも、機内は静かにしないとダメだよ」

■――あとがき――■

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次回、鹿児島空港に到着！

投稿は朝７時１５分。

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