桜島と道の駅


 鹿児島に到着した俺達はレンタカーを借り、南へ向かうことにした。


 街を抜け、海岸線に沿ってずっと走り続ける。


 しばらく走り続けると道の駅があったので休憩することにした。


「おぉ、桜島だ。本当に煙が出てるんだな……」


 車を駐車場に停めて外に出ると、海の向こう側に有名な桜島が見えた。

 活火山というだけあって、煙が雄々しい。


 壮大な景色を堪能していた俺に、結衣花が話しかけてきた。


「お兄さんも足湯しなよ。気持ちいいよ」

「そうだな」


 この道の駅には桜島を眺めながら足湯を楽しめるようになっている。

 すぐ近くにある館内には温泉施設もあり、とても道の駅とは思えない場所だ。


 結衣花と楓坂は靴下を脱いで、足湯を堪能していた。


 二人とも、こういうことは行動が早いんだよな。


 しかしここからが大変だ……。


 俺達の目的は初代四季岡ファミリアのリーダーを探して、秋作さんの真意を聞き出すこと。


 この先にある街に住んでいるらしいが、具体的な住所はわからない。


 どうやって探し出せばいいものか……。


 そんなことを考えながら靴を脱ごうとした時、図太い声がした。


「おまえは……」


 この声は聞き覚えがある。

 振り向くと、そこにはカエル顔をした中年のオッサンがいた。


 俺はこの人を知っている。

 警戒しつつ、俺はその人物に訊ねた。


「あんた……、もしかして部長か?」


 こいつは去年、音水に嫌がらせをしていた男だ。

 七夕キャンペーンの際に行った問題行動が原因で、去年の六月に左遷されたはず。


 まさか、ここに来ていたとは……。


 だが、部長には以前のような威圧的な態度はない。


 服装は農家の人が来ていそうな作業服で、首にタオルを掛けている。

 かつて東京で営業部長を務めていたとは思えない風貌だ。


 部長は目を逸らしながら、静かに話を進めた。


石岐土いしきどだ。親父に勘当されて、今は母方の性を名乗って生活している」


 石岐土か……。

 そう言えば部長は社長の息子だっけ。

名前を変えて生活するということは、よほどのことがあったのだろう。


 それにしても、ずいぶんと丸くなったものだ。

 よくよく見ると、以前はでっぷりしていた腹も少しマシになっている。


「左遷されたと聞いてましたが、こっちに来ていたんですか」

「いや……、あの後会社はクビになった。今はお袋の実家で畑を耕してる。今日は道の駅に野菜の納品だ」


 そんなことになっていたとは……。

 七夕キャンペーン以降、まったく石岐土の話を聞かなかったのはそういう理由だったのか。


「今さらだが、いろいろと悪かったな」

「……急になんですか」

「こっちに来ていろんな人の世話になって、自分がどれだけ無力なのか思い知らされた。今納品した野菜だって、ほとんど作ってもらったようなもんだ」


 石岐土は少し間を置いて、下を向きながら訊ねてきた。


「音水はどうしている?」

「元気ですよ。今はエース級の活躍をしています」

「そうか……。もし機会があったらワシが謝っていたことを伝えてくれ」


 以前の横暴な石岐土を知っているだけに、この変化は意外だった。


 そりゃあ、東京でオフィスの仕事すらサボっていたような男だ。

 いきなり畑仕事を簡単にできるはずがない。

 よほど苦労をしたのだろう。


 これはこれで、気まずい……。


 ちょうどこっちも人を探しているし、話題を変えてみよう。


「すみません。実は『四季岡』と名乗っていた人を探してこっちに来たんですが、心当たりはありますか?」

「四季岡? ……もしかして正岡さんのことか?」

「正岡?」

「ああ。笹宮が探している人はたぶん正岡さんだな」

「それがどうして四季岡に?」

「言葉遊びだ。昔、正岡子規という偉人がいただろ。ひらがなにして組み替えると『四季岡』になるそうだ」


 まさおかしき……、おかしき……、しきおか……、四季岡か!


 変わった名前だと思っていたら、そういうことだったのか。


「何度か納品に行ったことがあるから住所もわかるぞ。正岡さんはここにいるはずだ」

「あ……、ありがとうございます」

「フン。こんなことで罪滅ぼしになるとは思っておらん」


 石岐土はメモに住所と簡単な地図を書いて俺に手渡した。

 そしてそのまま、軽トラックに乗ってどこかへ行ってしまう。

 きっとまだ畑の仕事が残っているのだろう。


 話を終えた頃合いを見て、結衣花が声を掛けてくる。


「今の人って、以前言っていた部長さん?」

「ああ。でも随分と雰囲気が変わった。前はもっと威張り散らす人だったんだが」

「お兄さんに関わった人って、みんないい人になっていくよね」

「……石岐土さんと俺はそれほど接点ないぞ」

「ううん。きっとお兄さんの影響だよ」


 過大評価だ。

 俺にそんな力はない。

 だが、結衣花にはあるかもしれない。

 俺自身が結衣花のおかげで、少しずつ変わっているのを実感しているんだから。


「じゃあ、俺も足湯をするかな」

「え? 私達、出るよ? これ以上やったらふやけちゃうし」

「えー」



■――あとがき――■

本日、『通勤電車で会う女子高生』の書籍が発売になりました。


ここまで来れたのは、読者様の応援があったからこそです。

本当にありがとうございます。

(´;ω;`)ウゥゥ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る