エレベーターパニック


 会社に出勤した俺は音水と一緒に、バベル社について調べていた。


 ゲームからAIと、幅広いソフトウェア開発で業績を伸ばし続けてきた海外企業だ。


 だが、その活動方法は過激なことが多く、闇サイトを使ってライバル企業に嫌がらせをしたことが何度か問題になっていた。


 音水はノートパソコンから顔を離すと、「むぅ……」と眉間にしわを寄せた。


「このバベル社が今回のイベントを邪魔してくるかもしれないってことですか?」

「ああ。いちおう音水も注意してくれ。しかし、よくこの短時間でバベル社のことを詳しく調べたな」

「んっふふ~♪ 褒めてくれていいんですよ?」


 バベル社が敵になると知ってすぐ、音水は手早くネット情報をピックアップしてわかりやすくまとめてくれた。


 社内では天然系と揶揄されることもあるが、この的確な仕事力は天才と言って過言ではないだろう。


 見えないしっぽをブンブン振る音水。

 ここはちゃんと褒めてあげよう。


「偉いぞ、音水」

「できる子って言ってください」

「音水はできる子だ。えらいえらい」

「頭の上がさびしいです」

「わかったわかった」


 頭に優しく手を置いてやると、いつもの笑顔が一層『ぱあぁ~』と輝き出す。


 もし彼女にケモ耳が生えていたら、きっとピコピコ動いていただろう。


「おっと。そういえば午後の打ち合わせに必要な資料を探さないといけなかったんだ」

「あ、手伝います!」


 こうして俺達二人はエレベーターに乗り込んだ。


 資料室のある最上階のボタンを押すと、エレベーターは一度大きく揺れる。

 そしてガリガリガリと不安をかき立てる音を出しながら上昇し始めた。


「この会社の建物、老朽化とか大丈夫か?」

「あー、それみんな言ってますよ」


 外観だけなら綺麗なのだが、どうしても老朽化部分が目に付く。

 特にエレベーターはな……。


 その時、『ガチャン!』と大きな音を立てて、エレベーターが止まった。

 狭い密室の中、俺と音水は顔を見合わせる。


「……止まったな」

「……止まりましたね」


 きっと今音水は、不安で仕方がないだろう。

 ここは先輩として頼り甲斐のある行動を心がけなくては。


「狭い密室で怖いだろうが安心しろ。俺がついている」

「はい! 最高の状況に心が躍ります!」

「さて、とりあえず非常ボタンを押すか」

「チッ……」

「ん? 非常ボタンも動かないのか。これはしばらく待たないといけないな」

「老朽化、ばんざーい!!」


 ……さっきから、音水のリアクションがおかしくないか?


「それより笹宮さん。寒くないですか?」

「そういえば、そうだな」


 暖かくなってきたとは言え、まだ四月。

 しかも空調が効かない古いエレベーターの中だ。

 寒いという音水の気持ちはよくわかる。


「じゃあ、シャツのボタンを外していきますね」

「寒いんだろ?」


 どうやら突然のハプニングで動揺しているようだな。

 元気そうに見えるが、本当は不安なんだろう。 


「ま、ゆっくりしようぜ。座り心地は良くないが、ちょっとした休憩時間と考えればいい」


 俺はスーツのジャケットを脱いで四つ折りにし、エレベーターの床に敷いた。


「ほれ、そこに座れ」

「えええ!? そんな! スーツの上になんて座れませんよ」

「尻を冷やすと体調を崩しやすくなるぞ。たまにはカッコをつけさせろ」

「じゃ……じゃあ、お言葉に甘えて……」


 おずおずと体育座りをした音水は、めずらしく遠慮がちな視線をこちらに向けた。


「笹宮さん。隣、座ってくれますか?」

「ん? ああ、いいぞ」

「んっふふ~♪」

「こんな時に嬉しそうにしやがって」

「お得なハプニングは誰でも嬉しいものですよ」


 止まったエレベーターの中は不思議な静けさで包まれていた。

 二人っきりの時間が静かに流れていく。


「私達……今、すごくいいムードですよね……」

「そう……かもな……」


 横を見ると、彼女は熱っぽい視線でジッと俺を見ていた。

 そして体に触れ、身をよじらせるように顔を近づけてくる。


 あ、これ。キスされる感じだ。


 普通ならおちゃらけて誤魔化していただろう。

 だが、避けられない強制力のある雰囲気が、エレベーターの中を支配していた。


「笹宮さん……」


 彼女がそうつぶやいた時……『ガチャン!!』と再びエレベーターが音を立てて動き出す。


 そしてドアが開くと、俺達の上司・紺野さんが待っていた。


「しゃあぁぁッ!! 二人とも大丈夫か!! 助けにきたぜぃ!!」


 ウルフカットの紺野さんは、威風堂々と仁王立ちをしていた。

 こういう時に助けてくれる紺野さんはやはり頼りになる。


 しかし音水は、まるで闇堕ちしたヒロインのような瞳のまま、無言で紺野さんを見ていた。

 

 とても上司に向ける目ではない……。


 殺意を感じた紺野さんは冷や汗を流しながら、俺に耳打ちをしてきた。


「なぁ、笹宮……。なんで音水はオレをあんなに睨みつけてんだ?」

「……あー。そうっすね。……すんません」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、結衣花ちゃんの相談室。


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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