黒ヶ崎の忠告
それはいつものように通勤電車に乗っている時だった。
「どぉ~も、笹宮さん」
突然俺の名前を呼んだ男は蛇のような顔をしたやつだった。
背は低く、いかにも虚弱体質というふうな風貌。
「……誰だ?」
「私ですよ。わーたーし。黒ヶ崎です」
黒ヶ崎? ……ああ、思い出した。
楓坂家にちょっかいを出し続けていた男で、クリスマスの時に俺と張り合っていたやつか。
髪を短くしていたから、わからなかった。
「確かクリスマスの時に警察に掴まって、今は留置所じゃなかったのか?」
「いろいろあって楓坂家と和解して、訴えを取り下げてもらったんです。もう楓坂家とその関係者に近づかないという条件付きでね」
後々の仕返しを回避するために、和解する道を選んだというわけか。
楓坂の爺さんは気が弱いからな……。
黒ヶ崎は蛇顔をいやらしい笑いでゆがめながら俺に近づいてきた。
「今日も女子高生と一緒に通勤タイムですか? うらやましいですねぇ~。くくく……」
「楓坂家の関係者には近づけないんだろ? 俺に構っていいのか?」
「いえね、今日からヨーロッパに移住するので、その前にあなただけにはご挨拶と忠告をしておこうと思いまして」
「……忠告? 黒ヶ崎が俺に?」
嫌な予感がする。
だが、どうも悪意そのものはないみたいだ。
いちおう聞いておくか。
「うわさで聞きましたよ。四季岡ファミリアの仕事を引き受けるんですよね」
「……まぁな。それがどうした」
「AIを使った次世代ランキングシステムでしたっけ? くくく……。とんだジョーカーを引きましたね。気を付けた方がいいですよ」
なんだ、そんなことか。
どうせ産業スパイのことだろ。
たいした情報じゃないな。
「それのどこがジョーカーなんだ。いい事じゃないか」
「わかってないですねぇ~。ランキングシステムを理想形に近づけるということは、集団意思決定理論の完成形に近づくということなんですよ」
「よくわからん」
インテリというのはどうしてわけのわからん言葉を使いたがるんだ。
まったく興味がわかない。
無関心な俺の態度が悔しいのか、さっきまでニヤニヤしていた黒ヶ崎は苦々しい表情になっていた。
「えぇ~っと……。かいつまんで言うと、誰もが納得する答えを導き出すシステムを作れるということです」
「だから?」
「たとえば、政治家や企業のリーダーを選ぶ時に使えるんですよ」
ここでようやく、俺は黒ヶ崎の方を見た。
「……つまりAIが人間のトップを選ぶってことか?」
「やっと興味を持ってくれましたか。ええ、その通りです。正確にはそのシステムを運営する企業ってことになりますけどね」
政治家や企業のトップの選別システムってことか。
そんなことができるなら、さらに多くの応用ができるだろう。
おそらくこのシステムを手に入れた企業は、とんでもない利益と権力を得るはずだ。
なるほど……。確かにそれなら産業スパイが動く理由もわかる。
俺の表情が変化したのを見て、黒ヶ崎は満足気に頷いた。
「このシステムを狙っているのは、ザニー社のライバル企業バベル社です。数年前に産業スパイを送り込んだのもそこ。とりあえず、忠告は以上です」
もちろん黒ヶ崎の話をすべて鵜呑みにはできない。
だが、話の筋は通っている。
予想以上にデカい話なので、正直驚いているが……。
その時、電車のドアが開いて、結衣花が入ってきた。
結衣花は黒ヶ崎の顔を見ると「あ……」と声をもらす。
そしてすぐに俺の後ろに隠れてしまった。
「おやおや。結衣花さんには嫌われてしまいましたか。無理もありませんが……。それでは私は退散させて頂きます。くくく……」
黒ヶ崎が電車を降りた後、結衣花は心配そうに訊ねてくる。
「お兄さん、あの人……」
「ああ、以前楓坂達にちょっかいを出していた黒ヶ崎だ」
「なにか言われたの?」
「まぁな……。わざわざ俺に忠告しにきたそうだ」
きっと結衣花はまたなにかされるのではと心配しているのだろう。
俺が安心させてやらないとな。
「心配するな。黒ヶ崎はヨーロッパに移住するらしい。俺達にはちょっかい出せないんだとよ」
すると結衣花は俺の手を握った。
温かく柔らかい肌の感触が、じんわりと伝わってくる。
「お兄さんも不安なんでしょ?」
「……まぁ、少しはな」
「一人で抱え込んだらダメだよ。お兄さんには私がいるんだから」
まったく、俺は結衣花の十歳年上なんだぜ。
でも、まぁ……そうだ。
こんな言葉を嬉しいって思うのが、俺の本心だった。
「頼りにしてるよ」
「うん。いっぱい頼って、いっぱい甘えていいよ」
「それ、問題発言だからな……」
■――あとがき――■
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次回、音水ちゃんの暴走!? え、いつものこと?
投稿は朝7時15分。
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