お兄さんの腕


「おはよ。お兄さん」

「よぉ、結衣花」


 今日も俺の一日が始まる。

 こうして通勤電車の先頭車両にいると、必ず彼女が声を掛けてくれるというのは嬉しいものだ。


 そしてお決まり通り、結衣花は俺の腕を二回ムニった。


「うん。今日もいい触り心地だね。よきかな、よきかな」

「実は最近、腕立て伏せを始めたんだ」

「そうなんだ」


 こうして頻繁に腕を掴まれると、嫌でも意識してしまう。

 今まであんまり鍛えることを考えた事はなかったが、ちょっとはたくましいところを見せてやりたいと思ったのだ。


 だが、結衣花の反応は芳しくなかった。


「あんまり頑張らなくていいよ」

「なんで? 結衣花も筋肉のある腕のほうがいいだろ?」

「うーん」


 フラットテンションは変わらないが、結衣花は考えるための間を作る。


 もしかして、ぷに感のある腕の方が好みなのか?


「私は今のお兄さんの腕が好きだから、無理に変わって欲しくないかな」

「……そうか。まぁ、健康維持の範囲でやるようにするよ」

「うん」


 不覚にも少し照れてしまった。


 相手は十歳ほど年下の女子高生。

 そんな子の言葉に心を動かされるのはどうかと思うが、やっぱりストレートにそんなことを言われると嬉しいものだ。


「そういえば、楓坂の親父さんから依頼が来たんだ。今度は六月に開催される『次世代AI展』の仕事だ」

「AI? そんなイベントもするの?」

「ああ。似たようなイベントは何度か仕事したことがあるが、結構すごいのが出てくるぞ」

「へぇ、面白そう」


 予想以上に食いついてきた。

 コミケならまだわかるが、AI展なんて女子からはあまり注目されないと思っていたが……。


 そういえば結衣花は最近になって、イラスト以外のデザイン全般を知りたがっていたっけ。


「ブースデザインの作業風景とか見たいか?」

「え? いいの?」

「ああ。以前うちのデザイナーを紹介するって約束していただろ。学校帰りにでもよってくれたら会えるようにしておくよ」


 すると結衣花は腕を掴んだまま、俺に体を寄せてきた。

 彼女の大きな胸はかすかに触れる。


「今日のお兄さん、頼もしい」

「俺も結衣花の力になりたいからな」

「セリフもかっこいいとか、もうお兄さんじゃないよ。ようこそ人類の世界へ」

「ここでジョークを挟むということは、さては照れてるな?」

「そういうことを言うのは減点」


 そして結衣花は『ぽふっ』と頭を俺の腕にくっつけた。


「でも……、ありがとう」

「ああ」


 密着度が増したためか、彼女の気持ちがナチュラルに伝わってくる。


 呼吸をするだけで心地いい時間。

 

 結衣花とこうして電車で話をするのもあと一年か。

 ずっと続いて欲しいと思うのは、それだけ俺が彼女に心を許しているからだろう。


 恋愛感情とも友情とも違う不思議な気持ち……。


 こういうのなんて言うんだろうか。

 自分の感情のなのに、的確な言葉がみつからなくてもどかしい。


「そうだ」


 結衣花は思い出したように、カバンからいつものランチボックスを取り出した。


「今日はお弁当を作ってきたの」

「おお、ありがたい」

「お兄さんの好きなブロッコリーとパクチーのピーマン包み」

「なに……、そのとんでもない料理名は……」

「ウソ、冗談。本当はカツサンドと厚焼き玉子サンドだよ」


 焦ったぜ。結衣花なら本当に作りかねないから、一瞬マジで信じてしまった。


 しかし……、


「カツサンドはわかるが、厚焼き玉子サンドってなんだ?」

「知らないの? 厚焼き玉子をそのまま普通のサンドイッチにするの。表面に薄く醤油を塗ると、口に入れた時に旨みが跳ね上がるんだよ」

「ほぉ、それは楽しみだ」


 サンドイッチは好きだが、厚焼き玉子サンドは初めてだな。

 玉子サンドとどう違うのだろうか。


 そして結衣花はチラリと見た。


「今のお兄さんなら、きっとすごい感想を言ってくれるんだろうなぁ~」


 さらにもう一度、チラリとこちらを見る。


「どんな感想を言ってくれるんだろうなぁ」

「……」


 むぅ、俺が感想を言うのが苦手なことを知っているクセに……。

 だが、逃げるわけにはいかない。


「ま……任せろ。結衣花と出会ってから鍛え続けた俺のコミュ力の集大成となる感想を言ってやるからな」

「うん。期待しているね」

「ハードルは下げといてくれよ」

「だ~め」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、お弁当対決勃発!?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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