音水のすりすりすり~


 会社でデスクワークをしていると、すぐ近くに座っている音水が「はぁ~」と息を吐いてうなだれているのが見えた。


「どうした、音水。ため息なんかついて」

「だって、次の仕事はAIの展示会ですよ。私、そっち方面が苦手で……」

「はは……、正直に言うと俺もそれほど詳しくないんだよな」


 イベント会社で働く社員の中にも得意分野というものがある。

 たとえば音水はラノベやアニメ関連に詳しいし、先輩の紺野さんは建築関連が得意だ。


 そして俺はスマホやデジタル関連が得意ということもあり、新しい依頼の『次世代AI展』で行われる特別イベントを担当することになった。


 そしてその依頼人と言うのが……、


「でもまさかクリエイター集団の四季岡ファミリアからの依頼なんて驚きました」

「実は秋作さんとは春フェアの時に知り合ったんだ」

「笹宮さんって人脈すごすぎないですか?」


 そう……。今回の次世代AI展のクライアントは楓坂の父であり四季岡ファミリアのリーダー、四季岡秋作さんだった。


 仕事中は楓坂の苗字でなく四季岡で通して欲しいということで、ややこしいので俺はいつも秋作さんと呼んでいる。


 次世代AI展の開催は六月。

 早くいい企画を考えないと……。


 考えをまとめようと手帳を広げた時、俺の肩になにかが触れた。


 すりすりすり~。


 気が付くと、音水が俺の後ろに立って肩をさすっている。


「……何をしているんだ」

「いやぁ~、笹宮さんの強運をあやかろうと思いまして」

「俺、そこまで運がいいか?」

「すごすぎです」


 確かに人には恵まれているよな。

 つーか、助けてもらうことばかりで、逆に自分の力量不足を実感する事の方が多い。


 ぼにゅん。


 それは予告なく、起きた出来事だった。


 ん? なんだ、今の感触は……。

 頭にとてつもなく柔らかい風船が触れたような……。


 ぼにゅん、ぼにゅん。


 まさか……、まさか!

 これ、音水の胸じゃないのか!?


「えへへ~。笹宮さんの肩ってたくましくて可愛いですね」

「表現が矛盾してないか?」

「私的には正解です」


 さらにむにゅっと胸が頭に押し付けられる。


 ヤバいなこれは。

 さりげなく離れたいが、振りほどくと落ち込みそうだし、かといって胸の事を言うとセクハラになるかもしれん。


 ふと、部屋の端からどす黒い嫉妬のオーラを感じた。


 他の男性社員達が光を失った目でこっちを見ている。


「……俺さ。今、世界の不条理ってやつを味わってんだけどさ……。どうすんの、この感情……」

「社会人って我慢が仕事って言うけど……、もうこれ、拷問だろ……。なんで笹宮ばっかり……」

「人を憎むのはそんなに悪い事ですか……。ダメなんですか……」


 ひぃぃぃ!!

 社内で凄惨な事件が起きようとしてる!!


 これは緊急事態だ。

 ここは俺達の上司である紺野さんに助けを求めよう。


 ウルフカットが似合う紺野さんは頼れる俺の先輩だ。

 今までも何度か助けてもらったことがある。


 きっと紺野さんなら的確にこの危機的状況を治めてくれるだろう。


 だが、少し離れた席にいる紺野さんは、メッセージを書いたノートを広げた。


 そこに書かれている内容は……、

 

『ごーとぅー、ラブホ♪ ラブホ♪ いぇい!』


 楽しそうだな!!

 つーか上司がラブホ推奨とかおかしいだろ!


 さらに紺野さんは次のページを開いた。


『やってしまえばこっちのもの。げへへ!』


 アドバイスがドストレート過ぎて使い物にならんわ!


 俺がさまざまな状況に挟まれて頭を抱えていると、音水が後ろでやさしくささやいた。


「でも私、こうして笹宮さんの後ろにいるだけで胸がぽかぽかするんです。ゆっくりと静かに温かさを感じる瞬間って素敵ですよね」


 そして、唇が開く瞬間の音。

 普段のきゃぴきゃぴした音水とは違う、大人びた色っぽさのあるしぐさ。


 男ならおそらく誰でも心を揺さぶる瞬間だろう。


「ところで笹宮さん」

「どうした?」

「今日はみなさん、なにか様子が違うような気がしませんか? 仕事やるぞーって気迫が伝わってきます」

「……無自覚ってこえぇ~」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、結衣花がとんでもないことを!?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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