ゆかりさん、デパ地下に現る!
三月下旬に入り、デパ地下では本格的に春フェアが始まった。
当初はショッピングモールにお客を奪われるのではと心配していたが、結果はこちら側が圧倒的な集客力を発揮した。
そんな様子を見たクライアントの課長さんは大声で笑った。
「いやーっはっは! 大盛況、大盛況! まさにこれぞ笹宮君! 噂に違わぬ実力ですな!」
課長さんは今回初めてデパ地下の担当になったらしい。
下積み時代が長かったこともあり、今回の成功はよほど嬉しいようだ。
「これも仲間達の協力のおかげです。私はむしろ他の方の補佐役のようなものですよ」
「謙遜するこたぁ~ないでしょ。協力を得られるのも実力ですわ! それにこれでワシもようやく四季岡秋作に追いついた。いい気分だ! はーっはっは!」
四季岡秋作。本当の苗字は楓坂。
つい最近までこのデパ地下をマネジメントしていたコンサルタントで、楓坂舞の父親だ。
今回俺達にいろいろ力を貸してくれたわけだが、本当にこれで終わりだろうか。
まだなにかあるような気がするが……。
「きゃあ!」
突然、女性の悲鳴が聞こえた。
何事かと声がした方へ駆け寄ると、そこには千鳥足でふらふらしている酔っ払い男がいる。
「おりゃぁ~! 俺様は……ひっく……。酔っぱらってねぇじょ!」
まだ昼過ぎだぞ。
なんでこんなところに酔っ払いがいるんだ。
酔っ払い男は見境なく腕を振って暴れている。
警備員に任せた方がいいのかもしれないが、それまでに事故が起きるかもしれない。
ここは俺が取り押さえよう!
そう考えて一歩踏み出した時だった。
「やめなさい。――以上」
綺麗な声には聖剣のような鋭さがあった。
淡々とした口調と、長い髪。
そして手に持っている買い物袋から『特売品』のシールが張った大根が見えていた。
そう、彼女は蒼井ゆかりさん。
結衣花の母親だ。
「んっだぁ……、俺様に指図しようなんてずいぶんえらそ……、ヒッ!?」
酔っ払い男はゆかりさんに歯向かおうと体を向けたが、彼女が持つ獅子の眼光を見て、ブルブルと震え出した。
「あ……あばば。あばばばばば……!!」
両足がヤバいほど震えている。
酔っ払い男はあまりの恐怖に冷や汗を滝のように流し、半分白目になっていた。
「十秒待つわ。すぐに立ち去りなさい。後三秒」
「は……はぎぃぃぃぃ!!」
さすがだ……。
一分も必要とせず、酔っ払い男を退散させてしまった。
最強の専業主婦は健在というわけか。
「ひさしぶりね。笹宮君」
「は……はい。おひさしぶりです。相変わらず凄まじい存在感ですね」
それから俺とゆかりさんは一緒にデパ地下を見て回った。
彼女は企画内容や来店者の様子をしばらく見て、ふっ……と小さく笑う。
「いい企画ね。SNSでも話題になっているし、春フェア対決はあなた達の勝利よ」
「ありがとうございます」
あのゆかりさんに実力を認めてもらえたことは素直に嬉しい。
結衣花や音水達も、きっと驚くだろうな。
ゆかりさんは紙袋を手に取って、そのデザインをじっくり
と見る。
「結衣花……、スランプから抜けることができたみたいね」
「はい。今はデザインの勉強が楽しいと言っていました」
「そう……。よかったわ」
「正直、春フェア対決までする必要があったのでしょうか? 結衣花ならきっと自力でもスランプを克服できたと思いますが……」
「そうね。たぶんそうだと思うわ。でも、母親として何かをしてあげたかったの」
するとゆかりさんは下を向いて、結衣花がデザインした紙袋を指でなぞる。
「昔の私は仕事のことしか考えられない人間だったわ」
寂しそうなゆかりさんの表情は、普段見せないかよわい素顔だった。
「頑張って、頑張って……。必死になっているうちに私は勝つだけで中身がからっぽの人間になってしまったの。今でも娘達といると、傷つけてしまうんじゃないかと怖くてたまらないのよ……」
今まで抱えてきた疑問が全て溶けたような気がした。
なぜ、ひと回りも歳が違う俺に結衣花のことを任せるのか。
なぜ、こんな勝負をするのか。
なぜ、自分から結衣花に直接教えるようなことをしないのか。
彼女は人を傷つけるのではないか。そして結衣花に恐れられているのではないかと悩んでいるんだ。
そのことに気づいた時、俺は自分がやるべきことに気づいた。
「ゆかりさん。俺と一緒に来て欲しいところがあるんです」
■――あとがき――■
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次回、結衣花とゆかりさんのお話。
投稿は朝7時15分。
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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