結衣花とゆかりさん
時刻は午後五時半。
会社から直帰の許可を貰った俺はゆかりさんを連れてある場所へ向かった。
そこは……、
「笹宮君。ここは……」
「俺の隣……。結衣花の住まいです」
すると玄関のドアがガチャリと音を立てて開き、中から結衣花が現れる。
「二人とも、おかえりなさい。お母さんがこっちに来るのって初めてだよね。来るって聞いた時は驚いたよ」
「え……、ええ」
結衣花が一人暮らしを始めてからずっと、ゆかりさんがこのマンションに訪れた様子がなかった。
週に一度は帰っているし、隣に俺が住んでいるからという理由もあったのだろう。
だが、本当の理由は自分が関わることで結衣花の迷惑になるのではと恐れていたのだと思う。
結衣花の部屋の中は以前見た時と同じように綺麗だった。
変化があったとすれば、春フェアで配布されたスイーツちびキャラ達のフォトカードが飾られているくらいだ。
四人のデザイナーに頼んで描いてもらったのだが、もちろんその中の一人に結衣花も含まれている。
リビングに正座をして座るゆかりさんは、さっき俺に気持ちを打ち明けたこともあってそわそわしていた。
「なぁ、結衣花。すまないが以前描いていたラフスケッチを見せてもらってもいいか?」
「え? うん、いいよ」
こうして結衣花から受け取ったタブレット端末を開いた。
そのページは結衣花がスランプになって間もない頃に描いていた頃のもの。
俺はこの大量のラフを見て、結衣花がスランプに陥ってると知ることができた。
しかし、その時は気づかなかったが、この大量のラフの中に似たキャラが何度か描かれているのだ。
「ゆかりさん、見てください」
そこにはライオンをモチーフにした女騎士の姿が描かれていた。
「結衣花はスランプ中、よくこのキャラを描いていたんです。そして今回の春フェアでは、プチカップケーキのちびキャラで採用されています」
俺はすぐ近くに立てかけてある春フェアのフォトカードを手に取ってゆかりさんに見せた。
それはカップケーキを王冠のよう頭に乗せた、凛々しくも可愛らしいちびキャラだ。
「本当ね……」
ゆかりさんもこのキャラが結衣花にとって大切なものだということに気づいたようで、表情が優しくなる。
すると結衣花がお茶をテーブルの上に置いて言った。
「それ、お母さんだよ」
「私?」
「うん。ここ最近うまく絵が描けなくて、楽しい気持ちを思い出すために身近な人を描いたりしてたの」
無敵の最強主婦も、さすがに自分がちびキャラのモチーフにされているとは思わなかったのだろう。
ゆかりさんは面を食らったような表情で固まっていた。
テーブルにタブレット端末を置いた俺は、ゆかりさんに見えるように画面の画像を指で流していく。
「キャラを描くときはその人の個性や特長を強調するのがコツだと聞いたことがあります。強くて、カッコ良くて、人を護る女騎士。それが結衣花から見たゆかりさんなんじゃないでしょうか」
ゆかりさんは自分が娘を傷つけるのではと恐れていた。
もし言葉で「それは違う」と言っても、ゆかりさんには届かなかっただろう。
だけど、こうして生み出されたキャラはウソをつかない。
それは大手広告代理店で本部長まで務めた経験のあるゆかりさんならわかっているはずだ。
「ふふ……。本当に……今回は私の完敗ね……」
「お母さん?」
「前に進めていなかったのは私の方だったみたいね。結衣花、いつもありがとう」
「え? 私のほうがありがとうだと思うけど……。わぷっ!」
突然ゆかりさんに抱きしめられ、結衣花はなんのことかわからず戸惑っていた。
めったに慌てない結衣花が手をあたふたと動かしている。
ホント……、ここ最近の結衣花は感情表現が豊かになった。
俺の方を見たゆかりさんは静かに笑う。
その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「笹宮君。あなたには助けてもらってばかりね」
誰かを助けてばかりの人にそう言われると、どう返していいのかわからない。
むしろ俺の方がゆかりさんや結衣花に助けてもらっている方なのに……。
でも、今はありがたくその言葉を受け取っておこう。
ふと、ゆかりさんは結衣花にあることを訊いた。
「そう言えば、お父さんのちびキャラも描いたりしたの?」
「うん。春フェアでは使えなかったけど、ラフはあるよ」
ようやくゆかりさんから解放された結衣花は、タブレット端末を開いてあるキャラを表示した。
いや……。キャラって言うか……、これって雪だるまじゃないか?
可愛い事は可愛いんだが、さすがにこれはないだろ。
そしてゆかりさんの反応は……、
「あら。すごく似ているわね」
「でしょ」
「まじかー」
結衣花の親父さんってどんな人なんだ……。
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
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新章突入まであと一話。
次回、楓坂が帰ってくる!!
投稿は朝7時15分。
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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