結衣花の進路
ブオォォォォ~ン。
これは掃除機の音だ。
今結衣花は俺の部屋を掃除してくれている。
男の一人暮らしをしていると、どうしても部屋の掃除を毎日することができない。
結果、平日はかなり雑になってしまう。
そのことを気にした結衣花が土曜日の時間を使って、こうして掃除をしてくれているというわけだ。
だが、掃除をしてもらっているのに俺だけ何もしないというのは居心地が悪い。
「なぁ、結衣花。俺になにかできることはないか?」
「んー。特にないかな」
「そ……そうか」
先日バスのラッピング広告で敗北した俺達だが、結衣花に大きな変化はなかった。
スランプ中もそうだったが、基本的に結衣花はどんな時でも自然体のままでいる。
しかし、わずかな変化はある。
ひとつひとつの動作、たまに見せる表情。
彼女は今も次はどうすればいいのかと考えているのだろう。
「じゃあさ」
掃除機のスイッチを止めた結衣花はくるりとこちらを向いた。
「そろそろ洗濯機が止まるから干してきてよ」
「おう、わかった」
やることを与えられて喜ぶなんてたいした忠犬ぶりだ。って、俺の洗濯物なんだけどな。
ベランダに出た俺は洗濯機から衣類などを取り出して竿に掛ける。
ま、こんなのはちょいちょいちょいっとやっておけばいいのさ。
手早く洗濯物を干したすぐ後、結衣花がやってくる。
「できた?」
「ああ。どうだ、このみごとな干し方は」
「うん。適当感がハンパないね」
「バレたか」
さて、せっかくの土曜日で仕事も休みだ。
掃除も洗濯も終わって気分も晴々。
ゆっくりしたいな。
俺と結衣花はベランダに並んで外を眺めた。
「結衣花は今日の予定とかあるのか?」
「ううん。なんにも考えてない」
「そうか」
「お兄さんは?」
「なんも考えてない」
そういえば俺、結構自分ペースで過ごしているつもりだったけど、こうして空を眺めるのって久しぶりだな。
特に土曜日の朝にここまでリラックスしているのは初めてかもしれない。
「なんだかいいよね。こういうの」
結衣花がふいに呟く。
「どうした、急に」
「なんとなくそう思っただけ」
驚いた。自分の心が読まれたかと思ったぞ。
澄んだ空気と青い空を堪能する結衣花がどことなく大人びて見えた。
「実はね、進路をどうしようかずっと迷ってたの」
「そうなのか? てっきりイラストレーターを目指すのかと思っていたが」
「うん、そうなれればいいと思う。けど絵描きで仕事をしていくのは大変ってよく聞くから」
まぁ、そう思うのは当然だ。
俺の学生時代でも絵で食っていくというと周りから異端者扱いされる時があったからな。
「でも、この前のことでちゃんとデザインについて勉強してみたいと思ったんだよね」
「なるほど、そうか」
ラッピング広告の対決は負けはしたが、結衣花にいい意味で刺激になったようだ。
「まぁ、俺は営業だから大きなことは言えないが、デザインの知識は応用範囲が広いから勉強をして損はしないぞ」
すると結衣花は確かめるように俺の方を向いた。
「お兄さんでもそう思うの?」
「ああ。イラストに限定しなければ、本当にいろんな仕事があるぞ」
「そっか」
結衣花は安心したように、再び外を見た。
何を安心したのだろうか。
もしかしたらデザインを勉強することが間違っていると思ったのだろうか。
俺は社会人で、それほど将来に迷いはない。
このまま会社員として生きていく。そのことを身に染みるほど理解している。
でも結衣花にはさまざまな選択肢がある。
それは可能性だ。
彼女にとっては不安かもしれないが、俺にとってはうらやましい。
「なんならうちの会社のデザイナーと話す機会を作ってもいいぞ」
「え? そんなことできるの?」
「結衣花のことはみんな知ってるからな。ただうちのデザイナーは全員ガンダムオタクだから、ネタは用意しておいた方がいいぞ」
「えー。なにそれー」
……コトン。
結衣花との雑談が盛り上がっていた時、玄関のポストに何かが入ったことに気づいた。
もしかしてピザのチラシか?
あのチラシを見ると無性に食べたくなるんだよな。
玄関に向かってみると、やはりポストに紙が挟まっている。
だがそれはチラシではなく封筒だった。
「なんだこれ?」
住所などは書かれておらず、封筒の中に一枚の手紙が入っている。
だが……、それは意外な人物からのものだった。
「はぁ!? 楓坂の父親から? 協力者を紹介するだって!?」
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
☆評価・♡応援、とても励みになっています。
次回、楓坂の父親が紹介する人とは!?
4月20日書籍発売。
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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