完成と対決


「おはよ。お兄さん」

「よぉ、結衣花」

「いよいよ今日がお披露目だね」

「ああ」


 今俺達は駅の入口に立っていた。

 もうすぐ目の前にあるバスターミナルに俺達がラッピング広告を手掛けたバスが入ってくる。


 いちおう俺は仕上げ作業に立ち会っているが、結衣花は初めて見ることになる。


 すると飄々とした様子の女性の声が、俺達に挨拶をしてきた。


「よぉ! 笹宮に結衣花ちゃん、おっはおは~」

「雪代もわざわざ見に来たのか」

「へっ! そりゃあ気になるっしょ」


 今回のバスラッピング広告では、雪代・ゆかりさん・楓坂のチームと張り合うような形になっている。


 かなり強力なライバルではあるが、今回は負ける気がしない。


 そして駅のターミナルにバスが入ってくる。

 最初に入ってきたのは俺達の方だ。


 今回結衣花が仕掛けたのは、バスそのものがスイーツのパッケージのように見えるデザインだった。


「すごい。本当に車体全体にイラストが入ってる」

「いい仕上がりだ。これなら街中でもかなり目立つだろう」


 ラッピング広告の難しいところは遠目から見ても、近くから見ても注目を集めるデザインに仕上げる必要がある。


 店名と電話番号、そして写真のカットというシンプルな構成もあるが、意外とこれが効果があったりするのはそのためだ。


 逆に細かく繊細に描きすぎたり、ダイナミックにし過ぎたりすると、絵としては評価されるが広告効果が出にくくなる。


 この調整がバスのラッピング広告の難しいところなのだが、今回のデザインは見事に成功していた。


「スイーツのパッケージをテーマに持ってくるのは正解だった。これならデパ地下のイメージと相性がいい」

「うん。音水さんのおかげだね」

「あいつ、こういうの考えるのが本当にうまいよな」


 この企画のメリットはバス全体で統一感を出せていることだ。


 そして結衣花のアイデアも生きている。


 今回結衣花はイラストデータそのままではなく、実際にスイーツのパッケージを作ってから写真で撮影し、それをラッピング広告にしている。


 たいした差ではないように見えるが、実際にバスに貼ってみると独特の存在感が生まれるテクニックだ。


 もちろん手間をかければ費用は掛かる。

 そこで俺は少しでも原価を抑えるために印刷工場やクライアントと商談を重ねて調整を行った。


「こういうふうにいろんな角度から考えるのもデザインなんだね」


 しばらく続いた結衣花のスランプだが、今回の仕事は彼女の成長に繋がっただろう。

 これで完全に調子を取り戻してくれればいいんだが……。


 一方、バスを見ていた雪代は腕を組んで納得するように頷いていた。


「ふぅん、やるっじゃん。でも……」


 一度言葉を切った彼女は『いひっ!』と悪魔のように笑う。


「うちらのメチャクチャだよ?」


 は? 何を言ってるんだ?

 胸を張って「負けないぞ」っていうならわかるが「メチャクチャ」って表現はおかしくないか?


 その時だった。


 バスターミナルにもう一台のバスが入ってくる。

 だがそのラッピング広告はとんでもない物だった。


「はぁ!? 何だアレ!?」

「と……トリックアート? 恐竜……じゃない。ドラゴンがバスを潰してる?」


 何が起きているのかすぐに脳が追いつかなかったが、バスの上部がドラゴンの爪で潰されているように描かれている。

 しかもやけにリアルだ。


「写真か? いや、イラストのようにも見える」


 非現実的であるにもかかわらず、周囲の風景と比べて違和感がない。

 だからこそトリックアートとしての効果も高い。


 戸惑う俺に雪代は説明をしてくれた。


「フォトバッシュさ。写真を加工してイラスト調にして、その上で新しいテーマに作り変える技術だね」

「それってトレスじゃないのか」

「勘違いされる時あるけど、昔からあるアート技法らしいよ」

「そんなものが……」

「かなり技術力とセンスが要求されるから中途半端なことができないのが弱点かな。失敗すると浮きまくるからね」


 フォトバッシュだと……。そんなの聞いたことないぞ。

 しかし、確かにこれはすごい。


 これならショッピングモールをテーマパークのように印象付けて、家族で遊びに行きたくなる欲求を刺激できる。

 広告デザインとしてもバランスよく仕上がっている。


「……これは雪代が考えたのか?」

「うんにゃ。原案は楓坂ちゃん。あたしはそれを広告として機能させるように企画を考え直しただけ」

「しっかし、これ……よくクライアントが納得したな」

「そこはほら、ゆかりさんが一言で」

「マジかよ……」


 しばらく黙ってみていた結衣花はポツリとつぶやく。


「私の負けかな」

「……結衣花」

「描くだけじゃなく考えることか……。デザインって奥深いね」


 正直、ここまでのものを仕掛けてくるとは予想外だった。

 チィ……、これは結衣花の負けじゃない。俺達の負けだ。


 悔しがる俺達を見た雪代は困った顔をしてわしゃわしゃと頭をかいた。


「あー、ゆかりさんから伝言。そっちのデパ地下の春フェアと同時期にこっちのショッピングモールでもイベントをするんだってさ」

「……つまりリベンジの機会があるってことか」

「まっ、そういうことっしょ。いひっ!」


 そういって笑う雪代の表情はまるで『掛かって来い』と言わんばかりだった。


 なるほど、本番はここからということか。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、協力者現る!?


4月20日書籍発売。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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