リビングの作戦会議は大波乱


 土曜日。

 朝食を食べた後、俺達はリビングで資料を広げて作戦会議を行っていた。


 内容はバスのラッピング広告をどうするべきかともの。


 社内一の企画力を持つ音水が力強く自慢のアイデアを発表するのだが、その内容というのが……、


「というわけで、笹宮さんの女装コスプレということで!」

「異議な~し」

「あるわ!」


 音水のアイデアに結衣花は普通に賛成。

 だが俺はすかさず反論に打って出る。

 つーか、なに勝手に俺を人身御供に差し出そうとしてんだ。


「どうなったら俺が女装する話になるんだよ」

「バスのラッピング広告とSNSの拡散力は相性がいいって話はしたじゃないですか」

「だからそれがどうして女装になるんだ」

「も~。これを見てください」


 音水が広げた資料には女装した男性のラッピング広告が掲載されていた。

 どうやら美容関連の広告のようだ。


「ほら、これ男性なんですよ」

「……マジか。どう見ても美少女だ」

「お化粧とコスプレ、さらに加工を重ねれば笹宮さんでも大丈夫ですって」

「しかしだな……」


 バスのラッピング広告は意外性と一瞬のインパクトが重要だ。


 美少女のコスプレはそれだけでも目を引くが、それが男性だとわかると人は細部を確認しようとする。

 それが印象を残す効果として現れるというわけか。


 ジャンルさえ合えば確かにいいかもしれないが、今回はデパ地下だからな。

 それに俺が美少女になるとかどんな異世界転生だよ。絶対に読者がつかないぞ。


「とにかく女装はダメだ。俺にはハードルが高すぎる」

「ちぇ~、笹宮さんコレクションが増えると思ったのにぃ~」

「やはりそれが本音か」

「バレちゃいました?」

「隠す気なかっただろ」


 だと思ったぜ。

 柔軟なアイデア力は買うが、たまに残念な方向へ向かうのが音水の悪いクセだ。


「でもバスのラッピング広告って自由度が高すぎて必勝パターンがないじゃないですか」

「まぁな……。以前俺が担当した時は、SNS拡散でクーポンプレゼントってのをやったが、これも反応にバラつきがあったんだよな」

「地域性の影響が出やすい媒体ですからね」


 普段ならある程度アイデアがまとまったらそれでゴーサインを出すのだが、今回はゆかりさん達の存在がある。


 勝負じゃない。だから気にする必要はない。


 それでもバスが並んだ時に、こちらの方が注目を集められるような内容にしたい。


 さて……、どうしたらいいものか……。


 アイデアがまとまらず完全に打ち合わせの流れが止まった時、コトンとテーブルの上にティーカップが置かれた。


「行き詰った時は休憩なんてどうかな」

「結衣花……」

「はちみつレモンのホットティー作ってみたの。飲んでみて」

「おぉ……」


 ティーカップから立ち込めるレモンの爽やかな香りが部屋中に広がった。

 さっきまで停滞して凝り固まっていた頭がホロホロと緩んでいくのを感じる。


 香りを愉しみ、そして一口。

 温かさが胃の中へ入っていき、そしてじゅわ~っと広がっていく。


「骨身に染みるとはこのことだな。めっちゃぽかぽかする」

「少しだけショウガの粉末を入れているからね」

「へぇ」


 ショウガってもっとキツイ味をするイメージがあったが、使い方次第でこんなに風味が立つのか。


 すると音水がずーんを暗い表情をしていることに気づいた。


「音水はなんで落ち込んでるんだ?」

「嫁力で負けたような気がして……」


 音水も料理は上手いし、甘やかし上手って点では嫁力高い方なんだけど、それをいうと話がややこしくなりそうだから黙っておこう。


「あっ! でも結衣花ちゃんを私の嫁にすればワンチャンあるかも!?」

「どういう計算をしてワンチャンあると考えたんだ……」


 前言撤回。黙っていても話がややこしくなりそうだ。


 俺は残ったはちみつレモンティーを飲む。

 そしてゆっくりと呼吸をした。


「いいリラックスになった。ありがとう、結衣花」

「ううん。こうして一緒に考えてもらえるのって嬉しいから。二人ともありがとう」


 ああ、なるほど。

 結衣花は気を利かせたとかじゃなく、嬉しくてお礼をしたかったんだ。

 そしてそんな気持ちが俺達に伝わったんだな。


 こういう感謝の気持ちって、いろんなことの力になる。


「よし!」


 気合を入れた俺は両手で膝を叩いて前を見た。


「二人とも、理屈抜きでやりたいことを詰め込んでくれ。それを一つの形にまとめていこう」


 俺の言葉に驚いた音水が心配そうに訊ねてくる。


「そんなことをしたら予算が足でちゃいますよ?」

「大丈夫だ。そこを調整するのが俺の仕事だろ。任せろ」


 そして俺は『にっ!』と笑って見せる。

 無愛想な俺がこんな表情をするのは怖いかもしれないが、自分なりにムードを作ってみようと思った。


 俺をみた結衣花は苦笑いをしながら淡々と言う。


「こういう時のお兄さんって本当に頼りになるよね」

「もっと褒めていいんだぜ」

「調子に乗るところもお兄さんって感じだよ」


 さあ、いよいよラッピング広告を仕上げていくか。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、完成したラッピング広告!


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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