早朝のバルコニー


 朝五時。

 ずいぶん早く目が覚めてしまった。


「ん~、まいったな。完全に目が冴えてしまった」


 今隣の部屋には結衣花と音水が寝ている。

 そのことが気になってつい早く起きてしまったようだ。


 しかしどうしよう。

 眠気がないのにベッドに居続けるのって逆に疲れるんだよな。


 スマホで時間を潰すか?

 気になる漫画もあるし、ゲームもアリだろう。

 でも、そういう気分じゃないんだよなぁ。


「よし。外の空気を吸ってくるか」


 布団から思い切って出て俺は立ちあがる。

 部屋着代わりのジャージに着替え、さらに防寒対策にダウンジャケットを羽織った。


 そして、そろ~っと外へ向かう。


   ◆


 このマンションは十階建てで、俺が住んでいるのは五階になる。

 東京とはいえ、この辺りは高い建物は少ない。

 そのためバルコニーから街を眺めることができる。


 とはいえ外はまだ暗く、静けさが周囲を支配していた。

 新聞配達のバイクが走っていくのが、なんだか新鮮だ。


「笹宮さん……」


 気が付くと、音水がそこにいた。

 どうやら俺が外に行くのに気づいてついてきたのだろう。


「すまん、起こしてしまったか」

「いえ、笹宮さんが部屋から出てくる前から起きていたんです」


 音水って気を使いすぎるところがあるからな。

 やっぱり他人の家だと落ち着いて眠れないのかもしれない。


「早朝の空気っていいですよね」

「そうだな。なんていうか匂いが違うよな」


 見ると、音水は冬用のパジャマ姿のままだった。

 三月上旬とはいえ、さすがにこの姿だと寒いだろう。


「寒くないか? これを着ろ」


 俺は自分が来ていたダウンジャケットを音水に掛ける。

 すると音水は目を丸くして、頬を紅潮させた。


「あ、ありがとうございま……す。でも笹宮さんも寒いんじゃ……」

「このジャージ、結構あったかいんだ。大丈夫さ」


 本当は寒いが後輩の前だからな。

 こういう時くらいはカッコつけたい。

 ふっ、決まったな。


 だが音水の受け取り方は予想をさらに上回っていた。


「え!? 私といるとあったかくて、気持ちがいいから一生一緒にいたいって……。ベッドの中でも一緒にいたいなんて……。もぉ! 恥ずかしいじゃないですか!」

「ジャケット貸しただけで、どうすればそこまで拡大解釈できるんだ?」


 すると彼女はシュンと小さくなって、あからさまに残念そうな顔をした。


「ダメ……ですか?」

「そこまでしょんぼりすることないだろ……」

「ここで捨て犬っぽく振る舞えば、隙を見せてくれるかと思いまして」

「手の平で転がしたいなら、もう少しうまくやってくれ」


 音水ってたまにわけのわからん策略をする時があるんだよな。

 まぁ、それが彼女らしいといえばそうなのだが。


「昨日の夜、結衣花さんといろいろお話をしました」

「そうか」

「笹宮さんが大切にしたがる理由がわかります。だってすごく可愛いですもん」

「たまにエグイつっこみを入れてくるけどな」


 すると音水は落ち着いた表情でつぶやいた。


「負けたくないのに、応援したくなる人ってズルいですね。でも納得しちゃいました」

「何の話だ?」

「えへっ。言ってみただけです。バスのラッピング広告、すっごくいいアイデアが浮かんできたので、期待していてくださいね」

「ああ」


 少し前まで学生っぽさが残っていたのに、いつのまにか大人の女性の顔になってきたな。

 それは初々しさに変わる新しい魅力だ。


 本当に音水はみるみる成長していく。

 社会人としても、人としても……。


 俺も負けてられないな。

 いいところを見せてやるさ。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、土曜の朝の作戦会議。


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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