バスのラッピング広告


 仕事を終えて自宅のマンションに到着した。

 今日も結衣花と一緒に夕食を食べることになっている。


 エレベーターを降りて通路を歩き、そして自分の部屋の前に到着した。

 玄関のドアのカギを開こうとした時、隣の部屋のドアが先に開く。

 中から出てきたのは結衣花な。


「おかえりなさい、お兄さん」

「おう、ただいま。結衣花」

「あ、お兄さん。今笑った」

「は? 笑ってねぇよ」


 まるで俺が結衣花から『おかえりなさい』って言ってもらうのを期待しているようじゃないか。


 そんなことはない。絶対にない。

 まぁ、わずかばかり思ってはいたかもしれないが、それもわずかだ。

 うん。三十……いや、五十パーセントくらいだな。


「ご飯にする? 今からちゃちゃっと作っちゃうよ」

「今晩は俺が作るよ。一緒に食おうぜ」

「お兄さんが? あ、鍋だね」

「そうだ」


 俺は手に持っていたビニール袋を持ち上げてみせる。

 中にはちゃんこ鍋のスープに肉・野菜・きのこなどの具材が入っていた。


   ◆


「バスのラッピング広告?」


 鍋をつつきながら雑談をしているとき、クライアントから新たに追加で依頼された話を結衣花に伝えていた。


 だが予想外の話だったため、結衣花は驚きを隠せない。


「えっと……、全然イメージできないんだけど」

「ほら、バスの後ろとか横の広告が描いてあったりするだろ? アレだ」


 バスのラッピング広告にはいくつか種類があるが、今は印刷されたフィルムを車体に張るのが主流になっている。


 文字ばかりというイメージをする人もいるが、実は写真をそのままフィルムにプリントしてしまう場合もある。


「それって私のイラストでも貼ることができるの?」

「ああ。結衣花がこの前用意してくれたラフデザインの一枚を担当の課長さんが気に入ってくれたんだ」

「じゃあ、あのラフを仕上げて行けばいいんだね」


 スランプとはいえ、結衣花は何枚もラフを描いていた。

 そしてその中の一枚が今回選ばれたというわけだ。


「でもバスのラッピング広告かぁ。今まで想像もしたことなかったなぁ」

「直接的な広告効果だけならそれほどないんだが、印象を与えるという点では優れているんだ。主婦や学生には特にな」

「あ、バスをよく使うもんね」


 デパ地下は特にイメージを大切にするからバスのラッピング広告と相性がいい。

 それに面白さのあるものならSNSで拡散してもらえる。

 しかもこれは業界内での話だが、意外と安かったりする。


「そっかぁ。バスにイラストなんて考えたこともなかった。いろんな広告があるんだね」

「俺達は集客イベントがメインだからな。使える媒体は一通り抑えているぜ」

「えらい、えらい」

「なんでここで子供扱いするんだよ」


 調子をまだ取り戻せていないので不安を与えるかもしれないと心配したが、むしろ喜んでくれたようだ。

 新しい媒体への挑戦がもしかしたらスランプ脱出の機会になるかもしれない。


「ふふふ」


 急に結衣花は嬉しそうに笑った。

 最近特に彼女の表情は豊かになった。

 フラットテンションは相変わらずだし、抑揚のない喋り方もそのままだが、感情表現が豊かになったのは間違いないだろう。


「どうしたんだ?」

「お兄さんと一緒に仕事をしているんだなって思って」

「そんなに嬉しい事か?」

「うん。なんていうか、別世界を体験してるみたい」


 俺にとっては当たり前の日常なのだが、高校生だとそう捉えるのか。

 だが高校生でここまで本格的に仕事に関わるのはめずらしいから、こういったやり取りに特別感を覚えるものかもしれない。


「よし。じゃあ、今日は景気付けにおもいっきり鍋を食おう」

「うん。でももうお肉ないよ」

「大丈夫だ」


 俺は一度立ち上がって冷蔵庫から別の食材を持ってきた。

 それは……うどんだ!


「鍋の締めと言えばうどんだろ」

「ほほう、やるじゃん」


 具を一通り食べた後、だしが出たスープでうどんを食べる。

 これこそ鍋の王道というものだ。


 冷凍讃岐うどんを買っておいて正解だったぜ。


「お兄さんのところに出入りしていると、太りそうなんだけど」

「安心しろ。俺は少し太りそうになっている」

「心配を煽らないで」


 まぁ、でも。

 楽しい日を過ごしていると、ついつい食べ過ぎてしまうのは仕方ないことさ。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、まさかここでライバルが登場?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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