ハンバーグの付け合わせは?


 仕事を終えて自宅に帰ると、食事が待っている。

 これがどれほどありがたいことなのかは、一人暮らしをしている者ならわかってくれるだろう。


 楓坂が海外に行ってからいい加減になっていた俺の夕食事情は、今や一日の最大の楽しみへと変化していた。


 食卓についた俺は両手を合わせて「いただきます」という。

 そして箸を手に持って、目の前のご馳走を見た。


「今日はハンバーグか。うまそうだ」

「お兄さんって本当に肉料理が好きだよね」

「そりゃあそうだろ。特にハンバーグは無限の可能性を秘めているんだ」

「私の作ったハンバーグに世界の命運かかっているんだね。心して食べるように」

「しっかりと味わおう」


 結衣花にとっては普通の調理かもしれないが、手作りハンバーグの美味さは作り手によってまさに千差万別なのだ。

 肉好きの俺にとっては見過ごすことのできないイベントだ。


 ジューシーなハンバーグをピリッとアクセントの利いたソースで食べる。

 うまい! うますぎる!


 総菜コーナーや冷凍のハンバーグだって美味しいと思う。

 だが手作りの味というのは、もう別次元なんだ。


 くぅ~、もう一人暮らしに戻れないぞ。


 ハンバーグの味を噛みしめていた時、結衣花がこっちをじ~っと見ていることに気づいた。

 いつもの自然体ではあるが、なんだか俺を見守るように見ている。


「ん? なんだ、じっとこっちを見て……」

「美味しそうに食べるなぁ~と思って」

「そんなに見つめられると照れるんだが」

「私に照れたりするの?」

「そりゃあ、俺だって人間だからな」

「生物学的にはそうだけど、その正体はお兄さんだからね」


 ついに哺乳類の枠を飛び越えて、新たな生命の扉を開いちゃってんじゃん。


 すると結衣花は何かを思い出したように両手を合わせた。


「あ、そうだ。忘れてた。今日はアレも作ってみたんだよね。ちょっと待ってて」


 席を立った結衣花は台所から小鉢を持ってきた。

 そしてハンバーグの皿の上に二つの赤い果実を置く。


「はいこれ」

「んん? これは……トマトか?」

「うん。焼きプチトマト。ハンバーグの付け合わせに作ってみたの」

「へぇ。こんなの初めてだ」

「特別なことはしてないけど、美味しいよ」

「ほほう」


 焼きトマトが美味しいと聞いたことはあるが、実際に食べた事はないんだよな。

 どれどれ、どんな味なんだろうな……。


 おそるおそる焼きプチトマトを口に入れてみると、予想外の美味さが口の中に広がった。


「ん!!んん!? これは、意外な味だ!! 普段食べているプチトマトと全然味が違うし、そのうえハンバーグに合う」

「でしょ」

「食べた時に中からプチトマトの汁が飛び出てくるのもいいな」

「焼き具合にもよるけど、生の時よりいきおいよく汁が溢れてくるように感じるよね」


 なんというか旨みと酸味のハーモニーっていうか? ハーモニーの味ってなんなのかよくわからないけど、とにかくうまい。


 へぇ、プチトマトは焼くだけでここまで変身してしまうのか。


 こうして夕食を平らげた俺は、椅子に深く座った。


「はぁ~。食った食った。この調子だとまた太ってしまうな」

「お兄さんでも太ったりするの?」

「そりゃあそうだろ」

「ふぅ~ん」


 ジロジロと俺の体を見た結衣花は、いきなりとんでもないことを言い出した。


「もうちょっとくらいなら太ってもいいよ」

「え? なんでそんなこというわけ」

「私的にはムキムキマッチョマンより、ちょっと太ってくるくらいの方がいいから」

「結衣花好みになれと?」

「検討の余地はあるんじゃない?」


 結衣花って俺の腕を気に入ったりしていたけど、まさか少し太ってくるくらいの男がタイプだったんだ。

 女子高生はアイドルのような男が好きだと思い込んでいたが、実際はいろんな好みがあるんだな。


 しかし二十七歳になると、一度太ると戻るのが大変らしい。

 それを聞いてできるだけ体重は一定になるようにしている。


 結衣花には悪いが、もう少し今の体型を維持しておこう。


「そういえば新しい仕事の準備をしているんだが、もしかしたら結衣花に新しいデザインの仕事を用意できそうだぜ」

「またお兄さんと一緒に仕事ができるの?」

「ああ。しかも今度は俺が担当みたいな感じだから、バレンタインイベントの時より一緒に打ち合わせをする時間は長くなると思うぜ」


 少し考える間をおいてから、結衣花は静かに笑う。


「そっか。楽しみ」

「俺もだ」

「今日のお兄さん、素直すぎて気持ち悪いよ」

「とかいいつつ、嬉しそうな顔をしやがって」

「し……、してないもん」

「隠すな隠すな」

「もうっ、お兄さんの方が子供みたいじゃん」


 俺の隣に座り直した結衣花は、何度も俺の腕をムニってきた。

 照れ隠しのムニとは、かわいいところがあるじゃないか。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、結衣花とデパ地下へゴー!


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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