第七章 結衣花とお隣生活

朝食とネクタイ


 二月の下旬。春の気配がするとはいえ、まだ寒さがつらい時期だ。


 寝床から起きたちょうどその時、スマホに着信が入る。

 電話の主はつい最近隣に引っ越してきたフラットテンションの女子高生、結衣花だった。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ、結衣花……」

「ご飯できたよ。そっちに持っていっていい?」

「ああ、ありがとう」


 結衣花は隣に引っ越してきてから毎日食事を作ってくれている。

 とはいえ食事は俺の部屋で摂るため、ご飯はこっちで炊いている。


 結衣花は自分の部屋で食べればいいと言ってくれたが、さすがに女子高生の部屋に上がり込む勇気はまだない。


 俺の部屋におかずを運ぶ結衣花。

 すでに制服に着替えていて、その上からエプロンを着ている。

 家庭的なフレッシュ感がなんかいい。


 その姿をぼんやりと眺めていると、ひょいと結衣花がこちらを見た。


「お兄さんって目つき悪いのに、寝起きの顔はマヌケなんだね」

「マヌケとはなんだ。これはリラックスしている顔というんだぞ」

「はいはい、そうだね。かわいいよ」

「か……わ……? ちょ、ちょっと待てくれ」

「それより朝ごはん、早く座って」

「お、おう……」


 こうして今日の朝食が始まる。

 メニューは玉子焼きに豚汁。オーソドックスだが、食が進む内容だ。


「おっ、この豚汁うまいな」

「よかった。それなら野菜も多く摂れるでしょ」

「俺、結構サラダを食べてるだろ?」

「まだまだ少ないの。野菜ジュースに頼り過ぎはダメだよ」

「そこを突かれると言い返すことができん……」


 食事をする途中、ふと訊ねてみた。


「一人暮らしはどうだ?」

「うーん。食事の準備や掃除は大変だけど、今のところ楽しめてるかな」

「そうか。困ったことがあったら頼ってくれ」


 すると結衣花は「ふーん」と感心するように声をもらす。


「……あれ? 俺、変なこと言ったか?」

「お兄さんが変なのは仕様だから今さらって感じかな」

「ふっ……。今日は朝から飛ばしてくるじゃないか」

「すごい。変って言ってるのにナチュラルに対応できるようになっちゃったよ。人の順応力に驚愕しちゃいそう」

「こんな自分に俺が驚愕しちゃいそうだ」


 こんなやり取りこそが結衣花という女子高生だ。

 生意気だけど家庭的、フラットテンションだけど感情は豊か。

 一緒にいると、不思議と気持ちが落ち着く。


「じゃあ、洗い物をパパっとやっちゃうね」

「いや、洗い物は俺がするよ」

「別にいいよ。そのくらいできるし」

「やらせてくれ。食事を作ってもらってるんだ。恩返しさ」

「そう? じゃあ、お願いしちゃおうかな」


 ……と、結衣花がこちらをジッと見ていることに気づく。


「……どうした?」

「男の人が洗い物をする後ろ姿って、なんかいいなぁ~と思って」

「今度はどんなネタで俺をからかうつもりだ?」

「私、そんなにからかってないでしょ」

「どの口が言ってるんだ……」


 だが、結衣花はまだこちらを見たままだ。

 なんだろう……。


「やっぱりなにかあるんじゃないか?」

「ん~。笑わない?」

「俺が笑うところなんて見たことあるか?」

「あんまりない」

「つまり大丈夫ということだ。言ってみろ」

「謎理論なのにすごい説得力……」


 そして結衣花は俺の隣にきて、恥ずかしそうに言った。


「あのね……。お兄さんのネクタイを締めてみたいと思って」

「ネクタイ? 別に構わないが、そんなことに興味があったのか」

「テレビとかでよく新婚の奥さんが旦那さんにやってるでしょ。アレを見てできるようになった方がいいのかなと思って」


 ふむ……。特別なこととは思わないが、まあいい。

 これで結衣花の機嫌が良くなるなら願ってもないことだ。


 だが、挑戦してみると結衣花は苦戦をしていた。


「あれ? 意外と難しい……」

「慣れると簡単だが、最初は長さの調整が難しいんだ。ネクタイ幅によって結び方を変えることもあるしな」

「そうなんだ。んっ……しょっと。できた! どう?」

「ああ、問題ない。初めてにしては上出来だ」


 慣れないため少し形が崩れているが、十分な仕上がりだ。

 結衣花の初めてのネクタイが俺と言うのは、なかなか優越感に浸ることができる。


「じゃあ、行くか」

「うん」


■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、結衣花に変化が?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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