2月13日(土曜日)旺飼が渡すもの


 結衣花たちが出て行った後、俺は指令室でモニターをチェックしていた。


 隣に座っている旺飼さんは何通かのメールを送った後、俺の方に体を向ける。


「今のところ順調のようだね」

「はい。この後結衣花のサイン会がありますが、これだけスムーズに流れていれば大丈夫でしょう」


 正直なところ、ここまで人が集まるとは思わなかった。

 事前の準備を念入りの行ったことが功を奏したようだ。


「先日の無人スクーター事故が気に掛かっていたが、よかったよ」

「旺飼さんも週末の災いのことを知っているんですか?」

「ああ。噂程度でね」


 すると旺飼さんはポケットに手をつっこんだまま、パイプ椅子の背もたれに体重を預けた。

 そして天井の隅を見つめる。


「新しい都市伝説を見つけた者に災いが起きる都市伝説か。ふっ……、産業スパイには都合のいい話だな」

「……産業スパイ?」


 今まで週末の災いは模倣犯による犯行だという話は聞いていたが、産業スパイというのは初耳だ。


 俺が驚いていることに気づいた旺飼さんは意外そうな顔をした。


「もしかして週末の災いの原因になったネタのことは知らないのかい?」

「はい……」

「なるほど。じゃあ簡単に話しておこうか」


 旺飼さんはポケットからタバコを取り出して、火を付けずにくわえた。

 ここは禁煙なので、くわえるだけに留めたのだろう。


「笹宮君はシンギュラリティという言葉を知っているかい?」

「はい。AIが人を超えて文化が発展するとかなんとかですよね。たしか二〇四五年頃でしたっけ」

「まぁ、おおむねそんなニュアンスでいい」


 シンギュラリティか。よく都市伝説系やトークショーで議論されるネタだ。

 二〇四五年なんて未来のこと、俺には想像することもできない。


 だが旺飼さんの次の言葉は意外なものだった。


「ソフトウェア開発の会社に所属する者として言わせてもらうと、シンギュラリティが五十年以内に来る可能性はゼロだ」

「……ゼロですか?」

「ああ、ゼロだ。絶対に起きない」


 なんか余裕で夢をぶった切ってきたな。


 でもザニー社はAI開発もしている企業だ。

 その専務の旺飼さんがいうのだから、否応なく納得していまう。


「シンギュラリティを起こすにはAIに直感を獲得させないといけないんだが、まだ人類は直感のメカニズムを解明できていない」

「直感……ですか」

「ああ。それが厄介なんだ。知らないことをプログラミングはできないだろ」


 そういえば以前見た番組でもAI開発は脳科学と密接なつながりがあるとか言ってたっけ。


 もしかして旺飼さんが言う週末の災いを引き起こした都市伝説ネタというのは、このことだったのか?


 だとしたら都市伝説系ユーチューバーは怒るだろうなぁ……。


「こう見えて、僕は夢を見ていたんだ。もしかするとそんな時がくるかもしれないと」


 声のトーンを落とした旺飼さんは天井を眺めながら、ぼんやりと呟いた。

 普段の旺飼さんが絶対に見せない、寂しそうな表情。……その目はどこか遠い。


「でもシンギュラリティなんて面白いじゃないですか。五十年後は無理でもその先で起きるかもしれないし」

「どうかな……。僕は二百年後ですら期待していない。世の中を見下すことに慣れ過ぎてしまった」


 そういうと旺飼さんは唇を軽く噛み、火のついていないタバコを箱に戻した。

 そして弱々しい視線で俺を見る。


「君がうらやましいよ。厳しい環境でも未来を期待し続けられる笹宮君がね」

「俺、そんなにたいしたことないんですけど……。出世も遅れ気味ですし」

「他人の評価云々じゃないんだ。なにかを変えてくれるかもしれないという期待が、僕のような枯れた人間には大事なんだよ」


 しんみりした空気が流れる。

 きっと旺飼さんの今の言葉は心の底からの本音なのだろう。 


「そこで笹宮君。君にこれを渡しておこう」


 旺飼さんはスマホカバーの裏に隠してあったSDカードを取り出した。

 受け取ってみるが特別なものではない。よく家電量販店で見かけるものだ。


「なんですか、これは?」

「ブロックチェーン・ルービックキューブ構造の概要と、それによって構築される疑似直感AIのレポートだ」


 ん? 今なんて言った?

 疑似直感AI?


 なんのことかさっぱりわからないんだが……。


「えっと……つまりどういうことですか?」

「端的に言えば、シンギュラリティに挑戦するためのカードだ。今は安全だが、これを受け取った直後に襲われたというわけさ」


 襲われた? 何の話だ?

 今までの会話でどうしていきなりそんな話に?


 いや、待てよ。

 俺は今、週末の災いを引き起こしていたネタの話を聞いていたんだ。


 じゃあ、つまり!


 旺飼さんは静かに苦笑いをして言う。


「まだわからないのかい? 週末の災いのターゲットは舞じゃない……、僕なんだ。そして今、笹宮君にバトンが渡されたという事だ」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、トラブル発生!? 笹宮さんはどう動く!


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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