2月13日(土曜日)ヒロイン三人と笹宮さん


 バレンタインイベントが順調に進む中、俺は全体を管理する指令室で作業を続けていた。


「もうすぐ正午だ。人の増加には注意してくれ」

『わかりました』


 スタッフへの指示を終えた俺はレシーバーを置いた。

 ここから午後一時半までは混雑するだろう。正念場だ。


 ガチャ……。


 気持ちを引き締めたタイミングで、部屋のドアが開いた。

 ひょこんと顔をのぞかせたのは、今回のイベントで重要な役目を持っている女子高生、結衣花だ。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ、結衣花」


 晴れ舞台ではあるが、結衣花は普通の私服姿で現れた。

 いざという時でもあまり飾らないタイプなのだろうか。

 というより彼女の性格を考えると、オシャレをしすぎるのが恥ずかしいのかもしれない。


「バレンタインイベント始まったね」

「ああ。もうすぐ結衣花のサイン会が始まるからよろしく頼むぜ」

「うん。緊張するなぁ」

「結衣花は生意気なのに、人見知りするタイプだからな」

「あぁ~。そういう言い方するお兄さん、好きじゃないなぁ」

「ははは、悪い」


 ……と、ここで結衣花はすばやくスマホをタップして、俺にLINEを飛ばしてきた。


『……で、両手に花を持つ気分は?』

『すっげぇキツイ』


 そう。今この場は臨戦態勢の状況下にある。

 補佐に入っている音水と楓坂なのだが、なぜか二人は妙な緊張感を醸し出していた。


 表面的には二人とも普通を演じているのだが、明らかに無理をしているのがわかる。

 さすがの結衣花もこの状況には戸惑い気味だ。


 ここで音水が不自然な笑顔で話を切り出してきた。


「笹宮さん、相談があるんですけどいいですか?」

「なんだ?」

「今、目の前に大きな壁があるんです」

「すっげぇ壮大な話が飛び出したな」


 まるで少年漫画のラスボス直前みたいな言い回しだ。


「私は何度もジャブで攻撃をするんですけど、敵は黄金の右足が強力で攻めきれないんです」

「……ほぅ」

「ここは集中力を高めて音水ゾーンを仕掛けたいのですが、私はまだその境地に立っていません。どうしたらいいのか……」

「俺、仙人じゃないんだけど」


 ボクシングなのか、サッカーなのか、テニスなのか、話の主題がわからん……。


 おそらく音水が敵と言うのは楓坂のことなんだろうが、あまりにも高度な戦いすぎて俺には手の出しようがない。


 この様子を見ていた結衣花からLINEが来る。


『後輩さんっていつもこうなの?』

『今日は少し過剰気味だが、おおむねこういう感じだな』


 結衣花はあまり音水のことを知らないから、こういった一面を見て驚いているのだろう。


 今度は楓坂が訊ねてくる。


「笹宮さん、ちょっといいかしら?」

「どうした」

「さっきムキになって音水さんに対抗しちゃったけど、私ってすごく恥ずかしいことをしちゃったんじゃないかしら……。ふぇ……」

「頼むから泣かないでくれ」


 楓坂の様子を見た結衣花から再びLINEが来る。


『楓坂さん、泣き出しそうなのを必死に我慢してるけど大丈夫かな?』

『たぶんダメだな。帰ったらずっとウジウジするパターンだ』


 楓坂はというと、普段あまりやらないことをしたため自己嫌悪に陥っている。

 悪役キャラを演じるくせに日常の争いごとにはめっぽう弱いからな。


 もしかしたら俺と初めて会った時も、こうやって落ち込んでいたのだろうか。


 しかし……、これはきっつい……。

 とても俺一人でなんとかできる状況ではないだろ。


 こうなったら結衣花に協力を要請するしかない。


 俺はスマホを操作して、結衣花にメッセージを送信した。


『なぁ、結衣花。これ、どうしようか……』

『相談?』

『救援だ』

『かなり追い詰められてるね……。しかたないなぁ、助けてあげる』

『かたじけない』


 結衣花はすばやくスマホの画面をタップする。

 しばらくすると、トランシーバーから若い男の声がした。


 この声は……夏目か!


『音水さん! 正午を過ぎた影響で人が増えたそうです! 誘導が間に合いません!』

「え!? わかりました。すぐに行きます!」


 夏目に呼び出された音水は、飛び出すように部屋を出て行った。

 ああ見えて仕事のスイッチが入った音水は頼りになる。

 多分大丈夫だろう。


 しかし、こんなにタイミングよく夏目から連絡が来るなんて……。


 すると今度はザニー社の専務・旺飼さんがドアを開いて入ってきた。

 楓坂に近づいた旺飼さんはいつものスマートな物腰で言う。


「舞、ここにいたのか。サイン会会場の方だが、設営の最終チェックをしてくれ」

「わかりました」


 こうして楓坂も部屋を出て行った。

 さっきまでイベントとは違う緊張感に満たされていた部屋が急に軽くなる。


 すると結衣花が俺のすぐ傍にやってきて、フラットテンションのままドヤ顔をした。


「どう?」

「結衣花が呼んだのか」

「うん。夏目君も旺飼さんも正午前にはこっちに入るって聞いてたから」


 俺が手も足も出ない問題を一瞬で解決しやがった。

 いつもながら、こういう時の結衣花の機転は尋常ではない。


 ……ぽふっ。


 なぜか結衣花は俺の肩をゆる~く叩いた。

 さらにもう一回。続けてもう一回。計三回もぽふぽふする。


「なんだよ……」

「別に……。じゃあ、私も楓坂さんのところに行くね」

「ああ、サイン会頑張れよ」

「うん」


 なんで結衣花は俺の肩をぽふったんだ?

 う~ん。わからん!


 俺の戸惑っている顔が面白かったのか、旺飼さんは笑いながら俺の隣に座った。


「ははは。結局、結衣花ちゃんが一番現場を管理できているようだね」

「返す言葉もありません……」

「もっとも誰が勝者になったとしても、笹宮君が尻に敷かれるという事実は変わらないようだが」

「……はは、不吉なこと言わないでくださいよ」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、旺飼さんからとんでもない事実が!?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る