2月13日(土曜日)バレンタインの……戦い?


 二月十三日土曜日。

 ついにバレンタインイベントが始まった。


 商業施設内の各店舗はそれぞれ新商品を販売して売り上げを伸ばしている。


 オンラインゲーム内でリアルなグッズやフードを購入できるという試みを、ニュースや雑誌で取り上げられた影響も大きいだろう。


 そして俺と楓坂は商業施設の奥にある会議室で待機していた。

 ここにはいくつものモニターと、現場のスタッフと連絡が取れるトランシーバーが並んでいる。


 大きなイベントを行う際にはこういった全体を管理するための部屋が設置される。

 その様子から俺達の間では指令室と呼んでいた。


『ザザ……。笹宮さん、ザザ……。聞こえますか?』


 トランシーバーから男性スタッフの声が聞こえた。

 俺はトランシーバーを手に取って応答する。


『どうした?』

『定時報告です。外の屋台は大盛況。今のところ人の混乱は起きていません』

『そうか。十時半を過ぎた頃にパフォーマーさん達が来る。きっと人が一斉に集中するから気を付けてくれ』

『はい!』


 レシーバーを元に戻した俺は各モニターをチェックする。

 今のところイベントは順調に進んでいる。

 防犯対策を強化したことが、結果的に人の流れをよくすることに繋がったようだ。


 隣に座っている楓坂もモニターをマジマジと見つめていた。


「予想以上の反響ですね」

「ああ。ユーチューバーの人達が進んで動画を上げくれたおかげで、全員で一緒にお祭り気分を楽しみたいというムードが高まったんだろう」


 すると楓坂は「ふぅ」とかわいらしいため息をつく。


「でも、ちょっともったいないですね。せっかく施設内や外では賑やかなイベントが開催されているのに、私達はこの部屋から出れないなんて」

「指令室は管理の要だからな。ここから指示を出さないと、スタッフを回せないんだ」

「もしかして拗ねてます?」

「拗ねてはいないが俺も外に出たい」


 いちおう補佐として楓坂がいてくれるが、それでも基本的に指令で応対するのは一人の方がいい。

 休憩時間と予想外のトラブルを除いて、俺はここから離れることはできなかった。


 この手のイベントをする時はいつも思うが、外の賑やかな雰囲気をみんなと共有できないのは取り残された気分になる。


 ちなみに補佐役は俺より自由に動けるので、そこまで束縛されることはない。


「そうだ、楓坂。午後から結衣花がサイン会を開くから、楓坂は傍にいてやってくれ。あいつ、人見知りするところあるからその方が落ち着くと思う」


 そのことを話すと、楓坂は嬉しそうに笑った。


「うふふ。最高の役回りで嬉しいわ。サイン会が始まる直前に抱きしめてキスとかしちゃおうかしら。もしかしたら結衣花さんの方からおねだりされちゃうかも……」

「さては百合漫画にハマり出したな?」

「甘いですね。私は昔から大好きですよ」


 仕事とはいえ、俺は各スタッフが喜びそうな仕事をバランスよく振るように心がけている。

 ただでさえ大変な仕事を任せる時が多いのだから、このくらいの配慮はしないと人はついて来てくれない。


 コミュ力低めの俺ではあるが、これだけは何とかやれている。


 その時、音水がドアを開いて戻ってきた。


「ただいま戻りました。イベントホールの準備は万全です」

「お疲れ」

「ドリンク買ってきました。二人とも飲んでください」

「おぉ、気が利くな」


 音水は『午前の紅茶』のペットボトルを楓坂の前に置く。

 楓坂は紅茶が好きだから、音水なりに気を利かせたのだろう。

 さすが俺の後輩、やるじゃないか。


 続けて彼女は、俺に缶コーヒーを手渡した。


「はい、ワンガブラック無糖です。笹宮さん、この缶コーヒーが好きですもんね」

「ああ。他の銘柄も飲むが、朝はコレだよな」

「んっふふ~♪ 実は私も同じのにしたんです。お揃いですね」


 缶コーヒーをわざわざ見せる音水。

 俺と同じということをアピールして、信頼の気持ちを表現したいのだろう。

 なにげないことではあるが、先輩としてこういうのは嬉しかったりする。

 ……って、俺も案外ちょろいな。


 そういえば楓坂って缶コーヒーはいつもなにを飲んでいるんだろう。


「楓坂は缶コーヒーでこだわりは……ひっ!?」


 訊ねようと横を向くと、なぜか楓坂は不満気な表情で俺をジッと見つめていた。


「……な、なんで睨んでるんだよ」

「別に」

「もしかして楓坂もワンガブラックを飲みたかったのか?」

「私、コーヒーはBOZS派ですから」

「そ……そうか」


 へぇ、そうだったのか。

 BOZSもうまいもんな。ちなみに景品のジャケットが欲しくてシールを集めたこともある。


 一口紅茶を飲んで気持ちを落ち着かせた楓坂は、何気なく会話を切り出した。


「ところで笹宮さん。たらこクリームパスタに挑戦してみたいんですけど、どうかしら?」

「いいな。結構好きだぜ。明日の夜は打ち上げをする予定だし、月曜日の夜とかどうだ? 楓坂もその方がゆっくり調理できるだろ」

「そうですね。月曜日は笹宮さんも代休でしょ? お昼は買い物に付き合ってくださいね」

「ああ」


 しかしなんで急に夕食の話なんて始めたんだ?

 まぁ、そういう時もあるか。


 端のモニターを見ようと横を見た時、今度は音水が虚無の表情で俺を見ていることに気づく。怖いっつーの!


「ど……どうしたんだ……、音水……」

「ナニモ……アリマセンヨ」

「声に感情がこもってないんだが?」


 なにがあった?

 もしかしてたらこクリームパスタの話を聞いたからなのか?

 それとも他の理由が?


 だが音水はすぐに気持ちを切り替えて言う。 


「じゃあ、火曜日は私がお弁当を作ってあげますね。笹宮さんの好きな肉料理にします」


 なんで料理合戦が始まってるわけ?

 俺、すっげぇ戸惑ってるんだけど……。


「お……おう。ありがとう……。だけど音水もイベント後は疲れてるだろ。いいのか?」

「はい、もちろんです。私色に笹宮さんを上書きできるなんて大満足です」

「上書きってなんのことだ?」

「お口が滑っちゃいました」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、二人の対決は続く!!


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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