1月29日(金曜日)噛むな、噛むなよ!


 仕事を終えて自宅に戻った俺は、楓坂と一緒に夕食を食べていた。


 さて、スクーターの事故のことをどうやって話そうか……。


 結衣花曰く、こういうことを黙っておくと追々になって不信感に繋がるという。

 あまり深刻にならず、サラッと話してサッと別の話題に移るのが大切らしい。


 しかしうまく喋れるかな……。

 いざナチュラルにしゃべろうとすると噛んでしまうんだよな。

 構えると余計に緊張してしまう。


 噛んじゃダメだ、噛んじゃダメだ、噛んじゃダメだ……。 

 あ。なんかよけい自信がなくなってきた。


 ここで結衣花からLINEが届いた。


『お兄さん、もう話した?』

『まだだ。これからガチコンとナチュラルに話すつもりだ』

『言い回しがものすごく不自然……』


 そして結衣花は不信感を表すスタンプを送ってくる。

 瞳に光がないどんよりとしたイラスト……。結衣花が抱える虚無感を表しているようだ。


『じゃあ、くれぐれも嚙んじゃダメだからね』

『任せろ。あまりにも余裕すぎる』

『不安を煽らないで』


 結衣花め。さては俺が噛むと思っているな。


 ふっ、甘いな。

 確かにさっきまで自信がなかったが、俺はこう見えて本番に強い。

 いざとなれば絶対に噛まないはずだ。


 スマホをポケットに戻した俺は箸を茶碗の上に置き、できるかぎり自然体を意識して話を切り出した。


「楓坂……」

「はい、なんですか?」


 自然体でナチュラルに話す。その後はすぐに別の話題。

 大切なのことは噛まないことだ。


 噛むなよ。絶対に噛むなよ……。


 すーっと呼吸を整える。

 意識をクリアにし、焦りや緊張を抑える。

 そして『カッ!』と目を見開いた!


 よし! 行け、笹宮和人!

 今の俺なら絶対に噛まない!!


「楓坂! じ……実は、話がありゅッ!?」


 ああぁぁぁっ!!

 噛んだぁーッ! くっそぉーッ!!

 あれだけ噛まないようにしていたのに!!


 俺の行動がよほど面白かったのか、楓坂はテーブルに突っ伏して笑い出す。


「さ……笹宮さん。くく……っ。いったいどうし……たの……ぷっ! ぷふふははっ!!」

「笑いすぎだろ」


 くっそぉ……。まさかこんな大失態を犯してしまうとは……。

 あれだけ噛むなと言い聞かせておいたのに、なんで噛むんだよ。


 ひとしきり笑い終えた楓坂は、ようやく普通にしゃべれるようになった。


「それでどうしたんですか?」

「本当にたいしたことじゃないんだけど……」

「うふふ。わかってますよ」


 なんだ。俺の言いたいことがわかっていたのか。

 楓坂ってたまに俺のことを察してくれるからな。

 話下手の俺にはありがたい存在だ。


 彼女は言う。


「一緒にお風呂に入りたいんですよね。別にいいですよ」

「なに言ってんだ」

「まさか……、シャンプーもして欲しいんですか……。あなたって予想以上に甘えたなのね」

「勝手に話を作って、勝手に驚愕するのやめてくんね?」


 全然察してくれてなかった。

 つーか、俺んちの風呂って狭いから二人だと入れないんだよな。

 残念だ……って、そうじゃない。

 さっさと本題に入ろう。


「実は昨日、無人のスクーターが暴走するっていう事があったんだ。たったそれだけさ……」

「無人?」

「ああ。ハンドル部分をコインで固定してた。誰もケガ人は出てない。ただのイタズラだろうけどな」


 すると楓坂は表情を曇らせた。


「……笹宮さんは、週末の災いっていう都市伝説を知ってますか?」

「うわさ程度なら聞いたことがあるが……」


 うわさもなにも、ガッツリ調べているんだけどな。

 だがこの様子から察するに、やはり楓坂が抱えている悩みは週末の災いに関係しているようだ。


「私……週末の災いに巻き込まれたことがあるんです。それは事故を装って襲ってきたから少し気になって……」

「ただの都市伝説だろ?」

「それだけじゃないわ。週末の災いはいつも私が頑張ったことが成し遂げられようとした時に起きるの」

「……一回じゃないのか」

「ええ……。今まで四回起きてる。まるで努力することを否定されているようで……」


 ようやく見えてきた。

 おそらく楓坂にとって週末の災いは都市伝説というよりジンクスなんだ。


 楓坂は今まで何かを成し遂げようとした時、何度もトラブルが起きて潰されてきた。

 それが彼女の自信喪失へと繋がっている。


 それでも俺に告白をしたことや、バレンタインイベントやVtuber活動を積極的に行ってきたのは、彼女なりに立ち直ろうとしているからなのだろう。


 だったら、俺にできることは一つだ。


「安心しろ。それは都市伝説なんだろ? 俺が絶対になんとかしてやるよ」

「でも……」

「大丈夫だ、任せろ。バレンタインイベントは絶対に成功させてみせる」


 そう……、なんとかする。

 何が起きるかわからないが、それでも俺が楓坂のためにできる最大のことはイベントの成功だ。


「ここまで来れたのは楓坂のおかげだ。そしてトラブルを何とかするのは俺の役目だ。おまえの頑張りは絶対に無駄にはしない」

「笹宮さん……。ありがとう」


 週末の災いがなんなのか、犯人が誰かとか関係ない。

 バレンタインイベントを成功させる!

 これが俺のやるべきことだ。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、イベント成功に向けて笹宮全力発揮! その時音水が!?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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