1月14日(木曜日)おかえりなさいシチュはいかがですか?


 仕事が終わり、俺は自宅のマンションに到着した。

 楓坂の要望で、今日は彼女の部屋へ直接向かうことになっている。


 よくドラマとかである『ただいま』『おかえりなさい』というシチュエーションをしてみたいらしい。


 楓坂の部屋のインターホンを鳴らすと、ガチャンとドアの鍵が開いた。


 入れということか? しかし、なんで無言なんだ?


「ただいま」


 ドアを開いて中に入る……が、あれ? 玄関で出迎えてくれるんじゃないのか?

 すると楓坂の声が奥の方からする。 


「お……お……おかえりなさひ」


 なぜか彼女は別の部屋に隠れて、顔だけ出していた。


「なんでドアから顔を半分だけ出してるんだ……。都市伝説をリアル体験してるかと思ったぞ」

「それはそれで動画のネタになりので美味しいですけど」

「今のシーンを投稿したら自作自演で炎上案件なんだが?」


 もしかして着替えの最中だったのか?

 いや、服はちゃんと着ているようだ。じゃあ、どうして……。


「で、楓坂は何をしているんだ」

「えっと……。昨日のことを思い返すと……恥ずかしくて……」


 なるほど。見たところ体調は回復しているようだが、まだキスをしたことの恥ずかしさが残っているのか。

 というより、初めての体験でこれからどうしていいのか戸惑っていると言ったところだろう。


 しゃあない。ここはちょっと強引にひっぱってやろう。


「いいから、こっち来い。おかえりなさいをしたいんだろ?」

「ぅぅ~。……はい」


 俺が手招きをすると、楓坂はちょこちょこと歩いてきた。

 恥ずかしさをごまかすように両手をグーで握り、こすりあわせている。


「お……、おかえりなさい」

「ただいま。ほれ、お土産だ」


 勇気を振り絞って『おかえりなさい』をする彼女に、俺は紙袋に入った品を渡す。

 楓坂はそれを受け取ると、不思議そうに開いた。


「これ……、紅茶? しかもかなりいい品質の……」

「何がいいのか思いつかなかったから、楓坂が好きそうなものを選んでみた」

「どうして? 私、誕生日じゃないですよ?」


 彼女はなぜプレゼントを贈られたのかわからず困惑している。まぁそうなるよな。

 俺はカバンを持つ手を変えて、前髪をいじった。


「昨日の今日だから気まずくなるんじゃないかと思ってな。……で、用意しておいた。言葉が思いつかないと物に走るのは社会人の悪いところだが、まぁ……そこは許してくれ」

「笹宮さん……」


 カッコを付けているが、本当は俺がどうしていいかわからなかったんだよな。

 ぶっちゃけ、俺だって恥ずかしいんだよ。


 その後楓坂の部屋に上がった俺はスーツ姿のまま、リビングに腰を下ろす。


 仕事を終えた後、この瞬間がたまらなくリラックスする。

 やっと緊張を抜いていいんだという解放感がたまらない。

 油断すると、このまま寝てしまいそうになるけど。


「それで、もう体調はいいのか?」

「はい。少しのぼせただけですから。……でも笹宮さんってキスしても全然動じないんですね。ちょっと悔しいです」

「ふっ……。普通はそこまで緊張しないと思うぞ」

「んむっ」


 かわいらしくふくれっ面を作りやがって。

 今日の朝から特にそうだが、楓坂は幼くなったように見える。


 だが……彼女は気づいていない。


 ……今、俺の手はメチャクチャ震えている!!


 そう! 実を言うと、俺もえげつないほど緊張しているのだ!!

 ハッキリ言って俺の恋愛経験は浅い。しかも昨日は突然のキスだ。もし楓坂があの場でのぼせなければ、俺がパニックになっていただろう。


 冷静になれ、笹宮和人。

 ここで暴走したりオタオタするのはNGだ。


 できるだけ普段通りの会話を心掛ける……。これだ!


「な……なんかいい匂いがするな」

「はい、肉じゃがです」

「引っ越してきて間もない頃、俺に作らせていた料理だな」

「それは……忘れてください」


 期待はしていたが、やっぱり夕食を作って待っていてくれたのか。


「じゃあ、一度自分の部屋に戻って着替えてくるよ」

「待ってください」

「なんだ?」

「いえ、その……少しでも離れたくないから……」

「さすがに着替える時は一人じゃないと……」

「見てちゃダメ?」

「ダメだろ。俺の裸をみたいのか?」

「それは……困ります。けど、一緒にいたいっていうか……その……」


 楓坂は俺の服の端っこをつまんで下を向いた。

 彼女がいじらしいところを見せる時は、からかいではないということは知っている。


「わかった、わかった。じゃあ、俺のところへ来いよ。隣の部屋ならいいだろ」

「はいっ! じゃあ、肉じゃがも笹宮さんの部屋に持っていきますね」

「おう。……って、んん? これだといつも通りじゃないか?」

「そうですけど、笹宮さんの帰りを部屋で待っていたかったから……」


 やけにおかえりシチュにこだわるんだな。

 俺もそういうのは憧れていたから気持ちはわかるが……。

 おっと、あのことを忘れるところだった。


「そういえば楓坂に、もう一つ渡すのがあったんだ」

「なんですか?」

「合鍵だ。夕食を作る時とか、俺の部屋を使えた方が便利だろ」


 前々から気になっていたことだが、いつも楓坂は夕食を自分のところで作って、俺が帰ってくるの待って運んでいた。


 お隣さんだからこうなってしまうのだが、頻繁に夕食を作ってもらう身としては申し訳ない。


 楓坂なら信用できるし、別に合鍵を渡してもいいだろう。


「笹宮さんって不意打ちばっかりですよね」

「今のって不意打ちか?」

「んんんん~っ……。この、このぉ」

「照れるのはいいが、脇腹はグリグリはやめてくれ」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、旅行の準備はどうする?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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