1月14日(木曜日)翌朝の楓坂
今俺は楓坂の部屋にいた。
ベッドで横になる楓坂の額に手を当てて、彼女の体調をチェックする。
もちろん彼女の看病をするためだ。
「大丈夫か?」
「……はい。まだ頭がボーっとしますが……」
昨日、テレビを見ていたら急に楓坂がキスをしてきた。
普通ならこのままロマンチックなムードに突入するのだろう。ぶっちゃけ、俺も一瞬はそう考えた。
だが彼女はこういったやり取りの経験がなかったらしく、その場でのぼせてしまったのだ。
ふら~と人間が物体のように倒れそうになる瞬間を見た時は、生きた心地がしなかった。
その後は楓坂を部屋に送り、ベッドに寝かせてやった。
さすがに寝る時は自分の部屋に戻ったが、朝の様子を見るために今は楓坂の部屋に戻ってきている。
一連の失態が恥ずかしいらしく、楓坂は布団で顔を半分隠してこちらを見ていた。
「笹宮さん……。あの……、ごめんなさい」
「あー、……アレだ。まぁ……、気にするな。誰にでもこういうことは……」
「ありますか?」
「……ないと思うが、稀にあるような気がする」
「気を使いすぎる慰め方ってどうかと思うんですけど……」
キスした後、のぼせて倒れるなんて前代未聞だからな。
仕事ではトラブルに強いと言われている俺でも、どう対処していいのかわからん。……わかる奴なんていないだろ。
「しかし、なんで急に……その……キスをしたんだ?」
「……私も何も考えずに気づいたらという感じでしたので……、自分で驚いてます」
「楓坂らしいな」
本当に何の脈絡もなく、突然楓坂はキスをしてきた。
普通ならありえないと考えるところだろうが、きっと楓坂はウソをついていない。
照れ隠しとかそういうものではなく、無意識にしてしまったことに楓坂自身が驚いているようだ。
「今日は休みですし、家でゆっくりしてます」
「早めに切り上げて帰ってくるつもりだが、帰りに何か買ってこようか?」
「あら、優しい」
「寝込んでるやつを心配しないほど俺は冷たくねぇよ。で、なにか必要なものはあるか?」
すると楓坂は俺の見て、真面目に答えた。
「じゃあ……、キスしたい」
「なんで寝込んだのか忘れたのか……」
楓坂ってイマイチ自分のキャラを掴めてないんだよな。
本当はとんでもなく純情なのに、本人はそんなことがないように振る舞う。
たぶん初めて会った人なら、人生経験豊富なお姉さんと勘違いするだろう。
と言いながら、実は俺もかなり心臓がバクバクしている。
いくら二十六歳と言っても、女性とキスをして何も感じないほど俺は経験豊かではない。
こうやっていつも通りの自分を演じるために、メチャクチャ無理をしていた。
我ながら情けないと思う……。
あ……、なんか楓坂がこっちを見てる。
ヤバい、ヤバい。俺が平常心を演じているのがバレそうだ……。
「と……とりあえず、朝飯を用意したから一緒に食おう」
「はい」
食卓に移動した俺達は食事をすることにした。
今日のメニューは目玉焼きに厚切りベーコン、そしてすまし汁だ。
「笹宮さんの朝ごはんって久しぶりですね」
「そうだな。最近は楓坂が飯を作ってくれる時が多いもんな」
しかし俺が作るのは雑な男料理だ。
楓坂ならもっと上品なメニューが好みなのかもしれない。
「口に合うか? 正直、俺はあんまり料理の腕に自信がないんだが……」
「なに言ってるんですか。こっちに来てから、私は笹宮さんの味に慣れてるんですよ。高級料理よりこっちの方がいいですね」
「そ……そうか……」
楓坂に料理を教えたのは俺だが、今では完全に立場は逆転している。
エビグラタンを作ってきた時は、負けたと思ったものだ。
「笹宮さん……、さっき必要なものはないかって言いましたよね?」
「ああ。なにかあるのか?」
「物じゃないんですけど……お願いが……。今日は私の部屋に帰って来てくれませんか? 『おかえりなさい』って言ってみたいですし」
恥ずかしさをごまかすように楓坂はお茶を飲む。
そしてこちらを伺うようにチラリと見た。
「そんなことでいいのか?」
「……はい。ダメ……ですか?」
「いや、大丈夫だ。じゃあ、自分の部屋に戻る前にこっち来るってことでいいんだな?」
「はい」
玄関前で一緒になることは何度もあるが、仕事帰りを出迎えてくれるということはなかった。
楓坂に限らず、今までなかったかもしれない。
そういう家庭の温かさというのは、俺も憧れている。
ちょっと楽しみだ。
……が、急に楓坂は普段の強気の表情でメガネをクイッと上げた。
「もっとも……本当は過激なエロ本でもよかったんですけど、笹宮さんは買う勇気がないと思いまして。うふふ」
「欲しいなら買ってくるが?」
「……あ、いえ。……すみません。ちょっと調子に乗ってました」
「おまえさ……。エロが苦手なのに、なんでそっち方面で背伸びしようとするんだ……」
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
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次回、楓坂のおかえりなさい。
投稿は朝7時15分。
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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